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ある夜の記録

誰か愛してくれないかとつぶやく時には

きっと隣に誰もいやしない

そういう夜を夢想している

星が流れている

音なんてしやしないのに

音まで聞こえるようで

目を見開く

見開いたところで乾いたウイスキーのボトル

とかね おしぼりとか

しか見えないんだけど

あるいは異邦人が流れ着いた浜辺の幻想とか

微妙な面持ちで煙草を燻らせる

そろそろ帽子を脱ごうか

帽子に回した手の風圧で煙が旅する

(なあ おい こっちに誰か来ないのか)

頬を上気させた紳士が眉を垂らしてフロアを闊歩する

もうすぐ日付が変わる

手前の嬢は

一丁前にマドラーを回している

炭酸はとうに弾け飛んだ

お前が隣人に相槌を打って

そぞろでそれを回しているうちに

自分の気分とは関係なく回る場に

嫌気が差しそうで 差さなくて

少しその感じに 鼻の奥がツンとするよ

―どこからいらっしゃったんですか?

さあどこだろう

―ええ連れないなあ

釣られる気もないので

―へえそうなんだ

(おい なんで誰も来ないんだ)

歓声に溶ける怒号

怒号では仕様がない

無駄に照明が賑やかだ

なんでもない夜

なんでもない夜

舐め回すように視線をやりくりしている

おれではなく

隣の男が

おれはやりくりされたものを

さも節制があるかのように

二度見する 二度見を

誰が

一体誰が 一番いやらしいというのか

ここではシャンパンの数だけ答えがあるのか

答えのような 泡だけが

―ねえ

という声をもう二度無視している

―ねえ!

という声をももう

―どうかしたの?

丸い瞳で問う人がいたという

いたという記憶になる

この瞬間は

(上司はとうにつぶれてしまったか)

―どうかした?

いいや、していない

―そう

と言って

マドラーを回す指先は

今度こそは的確であった

そう記憶している

そう記憶している

霧雨の日だった

アレは

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。