「ありす★いん☆ゆにばーす」第3話

「やはり聞いていた通り。興味深い御仁のようだ」
「でしょう、お父さま。私の目に狂いはありませんでした!」

 何故か二人して盛り上がっていた。
 そもそも父の政宗という男に関しても、事前に俺を知っていたのは少し妙なことだ。
 彼は先ほどの有栖の提案にも何か関係しているのかもしれない。
 ここまでの失態に次ぐ失態に、俺はかえって冷静に物事を分析し始めることができた。

「おっと。済まないね荒崎くん。急に招待した上に碌な説明もせずに」
「あ、いえ……こちらこそ、テンパっちゃってすみません。それで俺……あ、いや、僕が呼ばれたのは……?」

 正直、前に聞いた理由は何かの間違いだろうと心の底では思っていたが。どうやらItubeチャンネル云々という話は俺の予想以上に現実味を帯びているようだ。
 政宗の真剣な語り口が、その何よりの証左となっていた。

「私がゲーム会社の社長を努めていることは話したと思うが。何分、未だ名の知られていない小さな会社であってな。PR活動の一環として、SNSを積極的に利用しようという話が持ち上がったのだ」

 そういえばそんな話を聞いていた。
 というよりティンクルライトという名も、実は前から知っていたり。
 確かに他のメーカーに比べて売上は伸び悩んでいる様子なのは、掲示板などで目にしていたが。

(商品が時代に合っていないだけで、モノ自体はかなり良い出来なんだよなぁ……)

 ティンクルライトの売りである重厚なRPG作品。
 オタクらしくゲームにも拘りをもって取り組む俺は、いくつかこの会社の作品を遊んだ経験があった。
 まあ、恥ずかしくてそんな話いまここでできるわけも――

「娘から聞いたが、荒崎君にはウチの商品も懇意にしていただいているようだし、サブカル知識に精通しているとのこと。今回のプロジェクトにはうってつけの人材というわけだ」

 って、全部バレてるし!
 有栖の方を慌てて見れば、得意満面な顔。
 いつの間にこちらのことを探られていたのか。周囲と仲良くなるのを早々に諦めていた俺には皆目見当も付かないことだった。
 というより、そもそもの話。

「なんか、プロジェクト……とか言ってましたけど。まさかそのPRというのが、俺と一条寺さんがItubeでコンビ活動するってことに繋がるんですか……?」
「うむ、その通りだ。話が早くて有難い」
「は、はあ……」

 うん、なんだろう。
 人は金を稼げば稼ぐほど、常識というものを失っていくのか?
 話が早くて有難い、じゃねえ。その話はどう考えても社内だけで片付けるべき案件だろうが。
 それをこんな冴えないオタクくん一匹捕まえてきて協力を仰ごうなど、どう考えても正気の沙汰じゃない。
 以前まで感じていた緊張はすっかり吹き飛び、熱を帯びた俺の頭をひたすら困惑が冷やす。

「どうしたかね? なぜ君にこんな話を持ちかけているのかまるで分からないといった顔をしているが」
「……本当にその通り、っすねぇ……」

 あるいは現実感が完全に飛んでしまったのか。
 普段は教室ですらまともでいられない俺が、この特異な状況でも慣れた調子で会話を続けることができた。

「これは恥ずかしいことなのだが、我が一条寺家は古い家系ゆえに、今どきの若者文化について疎い面があってな。社員一同も、あまりこういったことに得意ではないのだ」
「ああ、そう言えば……」
「……荒崎さま? どうしてそこでわたくしの方を見るのですか!?」

 いや、あなたさっきItubeの知識についても危うかったじゃないですか。だが兎にも角にも、ここに至る経緯についてはだんだんと読めてきた。
 ここで問題なのは。

「……僕なんかよりも適任の人は沢山いると思いますけど」
「いやいや。有栖にこのチャンネルの任せる以上、相方は同じ学園、同じクラスの者の方が何かと連携が取りやすいだろう?」

 そ、そうなのか?
 というより自分の娘にそんな大仕事を任せてもいいのか? それも社長令嬢の務めってやつか? 知らんけど。
 確認のため彼女の方を見ると、「楽しそうな仕事で良いではありませんか」と能天気な答えが返ってきた。

「君は有栖のクラスでの中でも飛び切りの、所謂オタクと称される人物だそうだね。それに未だ部活動にも所属していない身だと。能力、時間的余裕から見て、これ以上ない適任だと言える」

 まったく大したリサーチぶりだが、オタクという大雑把な括りで人材を決めて果たして大丈夫なのだろうか。
 あとオタクに面と向かってオタクと呼ばないでほしい。心がきゅっとしちゃうから。
 大層な名家が相手とは言え、このように無茶な案件、いっそ意地悪く断ることも視野に入れてもいいのかもしれない。
 そんな俺の後ろ向きな態度が悟られたか、政宗は皺が刻まれた目元をすっと細めた。

「報酬ならば、そこらのバイトの相場の何十倍もの額を支払おう。Itubeの広告収入も有栖と君とで分け合ってくれていい。我が社に新しい風を呼び込めるなら、私は喜んでそうしよう」

「それか荒崎さまは良く知りもしないわたくしとのコンビでは不安があると思っていらっしゃるのかしら。でしたら共に親睦を深めるところから始めるのはいかかでしょうか?」

 有栖までもが上目遣いで食い下がってくる。
 一見すると大金も、彼女とお近づきになれる機会も。並の人間からすればとても魅力的な報酬だ。
 しかし小心者でオタクでクラスでも碌に会話できない自分からすると。この話はあまりにも出来すぎていた。
 新手の詐欺か、陰謀か。何でもいいが、とにかく素直に信用できない。
 できればこのまま選択を放棄して寮に逃げ帰りたい程だった。

 だがその一方でこうも思う。
 俺という人間は、落ちるところまで落ちてしまっている。ならばここで誘いに乗ろうが乗るまいが、とっくに躓いた学園生活には変わりない。

「荒崎さま。わたくし、既に色々と考えておりますの。チャンネル名だとか。どんな動画を投稿したいかだとか。ほら、見てくださいなっ」

 ふわりと有栖の髪が揺れ、その芳香が俺の脳を甘く溶かす――。
 いや、問題はそっちはなくて。
 こちらに突き出された彼女のスマートフォンの画面には、アプリのメモ帳画面が開かれていた。

 綴られた文字を辿る。
 そこには自社製品の実況プレイやその他Ituberとしての企画案が幾つかと。そして。

「この……ありす★いん☆ゆにばーす、って何の名前ですか?」
「わたくし達のチャンネル名(仮)ですっ! わたくしの名前の有栖とあなた様のお名前である流星をモチーフに考えましたっ!」
「は、はあ……」
「略称は『ありゆに』で参りましょうか? ああ、その前にまだこのお話を受けるかどうか、お返事を聞いていませんでしたね――」

 凄い勢いで捲し立ててくる有栖に言葉が出ない。
 そこまで勝手に話を進められては、もはや俺如きに為す術などないのではないか。
 諦めにも似た感情。あのリムジンに乗せられてから、振り回されてばかりだ。
 でも、それでもよかった。
 成り行きとはいえ、不確かなこととはいえ。こんなにも嬉しそうな彼女を見れば、きっと誰だって断れはしないはずだ。

「……分かった、分かったよ。もう煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 この期に及んでこんな言い方しかできないからこそ、俺は高校デビュー一つもまともに成功させられなかったのだろう。
 しかし、この奇妙な瞬間からは。不思議と悪くない未来が待っているように思えた。

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