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人面の桃

こんな夢を見た。

梢の間からほとほと落ちる実がある。二つのくぼみの底は闇で、その下には二つの小さな孔と、横一文字の筋がある。どくろだ。

ぶん、と黒々としたものが飛んで宵闇の気配を左右に分ける。かぶと虫は熟液のしたたる腐交じりの香りの実にへばりつき、スカラベのようにごろごろと転がしながらよく見ると沢山のどくろを転がす沢山のかぶと虫がいて、一斉に自分を目指して足を蹴る。白々とした月光が桃をきらきらと照らし上げ黒い足は激しく動きまわる。虫は私の足首を腐った実で埋めてゆく。もうどくろには見えない。・・・逆だ。蝋のように溶けだした私の身体が夜のスカラベにより丸めとられているのだ。優しく掬い取るように丸められる。いつからだ、もう無数の虫の下で動けない。黄泉の虫は木々に登ると、手に入れた丸い燈火を次々と枝に戻している。青白い光は私自身を含むあたり一面を梢から照らす。脳を失った頭は白くつるりとしたされこうべになって、寒風突き通る眼窩には涙の青い化石がこびりつく。梢の桃はもう光らない。あけがたの風が額を打つと、私は白い埃となって消え去った。虫のような者たちはすべてもとの姿になおると、会社へ行った。(1993)

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