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“見て覚えたつもり”で失敗

 約1年間のインターンシップを経て迎えた入社初日。この日から上司の対応は劇的に変化しました。学生から社会人への変換スイッチが押された瞬間でした。
 時は2011年3月~4月、東日本大震災が発生した直後の混乱期です。自宅の最寄り駅にも電車が来ない時期が1週間ほど続き、ようやく復旧した直後でした。

 学生から社会人になる。分かっていたつもりでした。しかし、全力で駆け抜けた大学の卒業式が中止になり、気持ちの切り替えが難しかったことは事実です。最後の数日はインターンはせずに初日に備えましたが、それでも無理でした。あまりの変わり身に驚きました。

 創業3ヶ月の時に採用が決まり、全員が手探り状態の中、程なくしてインターンシップをすることに・・・。それ以降、徹底的に見て仕事を覚えてきました。ところが、これが大きな落とし穴だったのです。
 インターンシップはあくまでも「体験の機会」であるため、業務量が限られます。(アルバイト経験も乏しく、他の企業で働いたことがないので分かりませんが)特に肢体不自由の私には、体験型習得よりも説明型習得に比重が置かれるのも頷けます。そして何より、怒られることがほとんどなく、できたら褒められ、反対に感謝される実に恵まれた環境でした。一方、介護事業所の事務職に当事者のスタッフを採用するということで、どこか「怒ってはいけない」という空気感があったな、と今となっては思います。

 学生までの「お金を払う立場」から、社会人として「お金をもらう立場」へと変化し、実際に仕事をしてみると見ているよりも格段に難しい。パソコンのタイピングですら、見られているという緊張でなかなか思うように打てませんでした。元々、脳性麻痺があり人よりも作業に時間を要する私が、自分のベストパフォーマンスが出せないのですから致命的ですよね。
 その結果、ついに「パソコンのタイピングも職場内介助者をもっと活用するように」と命じられてしまいました。職場内介助者とは、単独では業務遂行が難しい重度障害者が在籍する職場に対して助成金を支給し、介助者を確保する東京都の制度です。
 私はこうした恵まれた環境に置かれながらも「なぜ、時間をかければできることまで頼まなければならないのか」と葛藤し、反発していました。しかし、そこは企業であり、学校ではありません。利益を追求する為には、効率性や生産性が求められるという従業員としての基本を、私は理解できていなかったのです。
 他にも、電話応対では焦って受話器が手につかず、さらに全身が緊張しているため声もうまく出せずに1回で聞き取ってもらえないこともありました。また、介助者にメモを依頼し、記載しやすいように復唱しているにもかかわらず、メモが追いついていなかったことを介助者が言わず(=私が気付かず)、電話を切ってしまったこともありました。
 さらに、介護実績をパソコンに入力する作業で私が読み上げを担当した際には、数字が並ぶ書類の行を読み飛ばしてしまい、すべて最初からやり直しになったことも1度ではありません。
 これらはすべてインターンシップ中に見ていたものですが、実際にやってみると想像以上に難しいものだったのです。メモを取っていたとはいえ、「見て覚えたつもり」が招いた失敗の数々に、体感する大切さを痛感しました。
 社会人になる前に、もっとやらせて下さいと言えば良かった。その時は時間がかかって迷惑を掛けたかもしれませんが、雇用する側からすれば、社員になってから失敗されるよりもよほど良いはずです。

「聞くは一時の恥。聞かぬは一生の恥」

 あの時積極的になれなかったことは、今も忘れぬ後悔の1つです。

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