表現すること=人生のアップデート
はじめまして。Ryomu/リョウム(@umoyr)です。note始めました。
∇プロフィール
糸島市在住のアーティスト、クリエイター。
幼少期から、日々感じる「違和感」をアートとして表現している。2012年 iPhoneで本格的に写真を撮り始める。 当時過渡期であったInstagramを通じて、モバイルフォトグラフィーの魅力に取り憑かれる。以降作品を創作・発信。 2017年Apple「iPhone7」の広告写真に採用される。世界16カ国から選抜されたフォトグラファーの1人として独占ライセンス契約を結ぶ。
また「アート思考クリエイター」としても活動。写真や映像の撮影・編集、記事作成、発信まで手がける。直感的に対象物の背景を捉え、カタチにしていく。自身の作家性をベースに要望やフィードバックを柔軟に取り入れ、目的を達成するための制作物を共に作り上げていく。お互いの感情をすり合わせ、可視化していくことを得意としている。意味や感情的価値をカタチにする活動をしている。
自身の感情を言葉で伝えるため、株式会社アイガモ代表川添氏の元で、論理的思考・言語化スキル・発信力を日々磨いている。チーム・アイガモに所属し、プロジェクト単位でクライアントワークを受ける。現在はnoteにて記事を執筆し、言葉で人の心を動かすことに励む。
noteでは、モヤモヤした頭の中を整理してアウトプットしたり、日々思ったことなどを書いたりしていきます。
さぁ一発目ということで今回は自分の表現に対する考えを書きます。では。
∇「写真を撮る」=「自己表現の手段」
僕にとって「写真を撮ること」は「自己表現の手段」。
小さい頃から絵や漫画を描いたり、パソコンで写真をコラージュしたり、何かを作ることが好きだった。大学生になりパソコンで音楽を作ったり、簡単な映像を作ったり、ゼミ卒論集の編集、アルバイト先の書店・CD店でのPOP作りなどをした。前職ではチラシやポスターやバナーを作ったりもした。
今までの人生は、「何かをつくること」で自分を表現していた。
今は「写真を撮ること」が「自己表現の手段」としてたまたま一番しっくりきているというだけだ。今後表現の手段は写真以外にシフトすることも考えられる。
自己表現の手段は、人それぞれその時々でいいんじゃないか。
∇クリエイティブの源流は「挫折・孤独・劣等感」
僕は自己表現をする上で、独自のスタンスをとっている。
つまりこれだけは必ず守っているということ。
それは「みんなとは違うんだ」ということ。
この根底には、他者あるいは理想の自分と比較した時に生ずるいくつかのコンプレックスが深く関わっている。
①デブだった
僕は小学生4年生〜中学1年生の頃までデブだった。ぽっちゃりではない、デブ。小さいころから運動が苦手で、家でゲームや漫画ばかり読んでいた。お菓子も大好き。卒業アルバムの二重アゴは見てられないレベル。容姿へのコンプレックスがあった。
②部活でレギュラーになれなかった
高校時代はラグビー部に所属していたが、持ち前の運動神経の無さで、先輩にはバカにされ、最後までレギュラーにはなれなかった。同級生の中で自分だけがレギュラーになれず、挫折と孤独を味わった。
③就活に失敗した
リーマンショック後の就職氷河期にぶち当たり、就職活動が思うようにいかず、行きたい会社なんかも見当たらず。何でみんな同じようなスーツを着て自己分析して面接して内定をもらって、社会に出らなければいけないのか分からなかった。周りが内定をもらうなか、モラトリアムになりながらもかなり焦っていた。親にも心配かけたくない。そしてたった一つだけ保険会社に内定をもらう。しかし半年で辞める。全部社会や周りのせいにしていた。四年大卒業してこんな末路かよ。
などなど、まだたくさん出てくるだろう。とにかく他者と比べて悲観的になる人生を勝手に歩んできた。
勉強は人並みにできたが、別に顔がいいわけでもなく(最近は髭男のボーカルに似ていると言われる)何の取り柄もない僕はどこかで負い目を感じていた。「俺めちゃめちゃ普通じゃん、いや普通以下じゃん、みんなより突出してるもの何もないじゃん」って(体重は突出していたが)。
ただ自分は他者とは何かが違うんだという存在の証明が欲しかった。
とにかく他者とは違うことしなきゃ、勝てるところで勝たなきゃ、埋もれずに目立たなきゃという気持ちが強くなった。そして理想の自分に近付こうとした。
以上のような他者あるいは理想の自分との間に生ずる挫折・孤独・劣等感などのコンプレックスが、僕のクリエイティブの源流になっている。
∇なぜ表現するのか
なぜ自分が表現するのかというと、理由が3つある。
⑴他者に何かしらの影響を与え、心を動かすことができるから。
⑵新しい出会いが増え、周りの環境が変わっていくから。
⑶自分の見える世界が広がっていくから。
①自分の価値観を提示→発信
②新しい出会いが増える→人・場所・仕事など
③見える世界が広がる→成長・気付き・環境の変化
※①〜③の繰り返し
この①〜③のループが気持ち良い。そしてこのループが喜びとなる。
∇表現することは、自分をアップデートしていくこと
では何に喜びを感じるのか。5つほど。
・アイデンティティが確認できる
自分が生み出したものを見て自分が何者かを確認できる。自分の存在証明。やっぱり自分の世界観を表現できるのは楽しい。
・1人の時間に浸ることができる
時間を忘れ、ひたすら自分の世界に浸り、集中し没頭できる。ひとり時間が好き。僕は飲まず食わずでも集中していれば何時間もいける。トイレは行くが。
・繋がることができる
作品を媒介に、人や場所や仕事など、思いもしなかった繋がりができる。僕はInstagram中心に発信しているので、それ経由で国内外の方と交流したり、普段行けない場所に行けたり、お仕事を貰えたりと、見える世界がどんどん広がっていった。
・人に影響を与えることができる
自分の作品を見た人が感動してくれたり、行動を変えてくれることはとても嬉しい。実際に僕の写真をオマージュとして写真を撮ってくれる人がいたり、ある商品の広告で使われた僕の写真を見て購入した人もいる。こういった人の行動に作用できることは喜ばしいこと。
・最終的に成長していく自分を知ること
知らなかったことに気付き、自分のものにしていく。様々な経験を重ね、成長することができる。そうすると見える世界がまた違って見える。環境も変わっていく。どんどんアップデートされていく自分を感じただけで嬉しい。
以上の喜びが、表現を続ける主な理由である。
つまり僕にとって表現することとは、人生のアップデート。
自分の存在を証明し、他者を巻き込み、アップデートしていくことである。
∇まとめ
・自己表現の手段は人それぞれ、たまたま僕は写真だった
・クリエイティブの源流は「挫折・孤独・劣等感」などのコンプレックス
・表現することは、人生をアップデートしていくこと
∇今日の1曲
精一杯存在の証明をしたい方、運命に逆らいたい方は是非この曲を↓
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