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赤いキャンディー

「いつも私ばっかり怒られるんだから!お母さんは文句しか言わない。宿題やったの?とか。やってたらやってたで掃除しなさい!とか、ちょっと休んでただけじゃん!」

奈々はブツブツ言いながら、商店街に向かって歩いていた。
つい先ほど、お母さんと喧嘩して家を飛び出したのだ。もうすぐおやつの時間だったというのに。
夏休みも半ば、暑い日が続く中、冷んやり美味しいおやつの時間が一番の楽しみだった。塾やらお爺ちゃんお婆ちゃんの家に行くだの、友達が忙しくて遊びに行けない平日はなおさらだ。

おやつを食べ損なったって今日は大丈夫。さほど残念な気持ちはない。
お母さんと喧嘩して勢いで家を飛び出したことは、これが初めてではなかった。
そしていつも、お腹がすいて夕方には家に帰って、何事もなかったかのように日常が続いていく。
しばらくして、またお母さんと喧嘩して家を飛び出し、お腹がすいて、、の繰り返し。
でも、今日は違った。おやつは食べ損なったが、財布を持っている。
お腹がすいたら買って食べれば良いんだ。

初めて家を飛び出したときのお母さんの心配ぶりといったらなかった。
家に帰ってきたにも関わらずひどく叱られた。
お母さんは泣きながら、怒鳴りながら、奈々を強く抱きしめた。
確かに思いっきり叱られたが、自分の事を心配して叱ってくれたのだ、ということは十分にわかっていた。
叱られたことには不満だったが、逆に嬉しい気持ちにもなった不思議な感覚。
正直、家に帰ってお母さんの顔を見たときは心底ホッとした。勝手に出て行ったにも関わらずだ。
それが、回数を重ねるたびに、帰ってきたときのお母さんの反応は薄いものになっていった。
だから、次、お母さんと喧嘩したときは、財布を持って家を飛び出そうと準備していた。

今日は、遅く帰って心配させてやるんだ。
くだらない喧嘩をしただけで本当に家出をしたい訳じゃない。家出をしたところで、一人ではどうすることもできやしない。どうせ家に帰るのは自分でもわかっていた。
ただ、お母さんを心配させたいだけなのだ。

いつの間にか商店街に着いていた。おやつは何を食べようか?そう考えていると楽しくなってきた。
アイスクリーム屋さんの前を通ると、ダブルの値段でトリプルが食べられる!と人気モデルが宣伝している映像が流れている。
和菓子屋さんの前を通ると、美味しそうな抹茶ソフトクリームが。お母さんの大好物だ。
知らない間にタピオカ屋さんもできている。
メロンパン専門店も、クレープ屋さんも、あれこれ歩き回っていると街灯に明かりが灯った。
随分時間が経ったのに、まだ、何を買おうか決まらない。

すると、子供達にキャンディーを配っているオジさんが近寄ってきた。
いろんな色のキャンディーを配っている。なんだか良い人そうな感じ。

「君には、このキャンディーをあげよう」

と、赤いキャンディーを奈々に手渡してきた。
夏だというのにオジさんは手袋をしていた。
きっと、商店街のイベントでキャンディーを配っているんだろう、みんな貰ってるし、知らない人だけど貰ったって大丈夫だと思い奈々はそれを受け取った。赤く小さなキャンディー、球体の飴にプラスチックの棒が刺さったそれは、特に包装はされていない。おやつも食べずに歩き回っていたので、すぐに舐めた。

「どんな味がするかな?」

と、人の良さそうなオジさんが聞いてきた。
奈々は少し考えた。イチゴの味でもリンゴの味でもない。

「うーん。なんだかすごくホっとする味」

と答えると、人の良さそうなオジさんはニヤリと笑い

「それで最後だよ」

と言って、姿を消した。

飴を舐めたことで、急に空腹を感じた奈々はクレープ屋さんに入った。
チョコバナナを頼み、出来上がるまでの間、ウェイティングスペースにあるテレビを見ていると、さっきの人の良さそうなオジさんが映った。

「連続吸血殺人犯がまた現れた模様です。犯人は白昼堂々と家屋に入り込み、住人を殺害し体中の血液を全て抜くとのことです。今回の現場は神奈川県川崎市の住宅街、、、、」

オジさんの顔が消えたテレビには、奈々の家らしき映像が映っていた。

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