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八百屋のオヤジが飲んだクスリ

私の家は、曾おじいちゃんの代から八百屋を営んでいる。
ここの商店街では古い方だ。
高級フルーツも扱うっちゃー扱うが、多くはごく普通の家庭の食卓に毎日並ぶような、お財布に優しい野菜だ。

昔から仲の良い近くの農家さんから直接仕入れ、もっと言うと朝獲れ野菜を仕入れているので、鮮度はもちろん価格も自慢だ。
お父さんで三代目。娘の私が言うのもなんだけど、かっこいいはかっこいい。だから時々、お店も手伝う。
まぁ、昔ながらのというか、いわゆる口が悪くて気が短い、典型的な昭和の八百屋のオヤジ。
ゴリッゴリの漢という感じ。だから、中性的な男性が好きな人の好みではないとは思う。
見た目はゴリゴリだけど野菜が大好物。だからか、健康そのもの。
怪我をしたのは見たことがあるけれど、病気はもちろん、風邪をひいたところも、具合が悪そうにしているところも見たことがない。

そんなお父さんが今朝はいつもと違った。

コソコソと、見たことのないカプセルを飲んでいたのだ。
クスリ?調子が悪いとか、病気になったなんて話は聞いていない。
もしクスリだとしたら、そんなモノを飲んでいる姿なんて、初めて見た。

私は急に心配になった。お店の準備をしている時に聞いてみた。

「お父さん。どこか具合でも悪いの?さっき飲んでたの、クスリ?」

明らかにお父さんはうろたえた。

「な、なんでもねーよ。肩こりに効くんだとよ」
「でも、お父さん、クスリとかサプリとか飲むの嫌いじゃなかったっけ?八百屋はクスリいらずだ!とか言ってたじゃない」
「うるせーなー。"鈴木ちん"が無理やり勧めてきたから付き合いで飲んでみたんだよ」
「"鈴木ちん"?」
「向かいの鈴木酒店の"鈴木ちん"だよ!」
「お父さん、鈴木さんのこと"鈴木ちん"なんて言ったっけ?」
「どうでも良いだろ!口が回らねーんだよ!!ほら、店開けるぞ!」

口が回らない。。。
やっぱり、どこか調子が悪いんじゃないか?
私の不安は一層強くなった。

いつも通り、ちゃっきちゃっきと仕事をするお父さん。

「はいー、"ごじゅうちん円"のお返し〜」
え!?とお客さんが聞き返す。

お父さんが"鈴木ちん"と言ったけど実際は"鈴木さん"。

"ごじゅうちん円"は。。。
あ!!"ごじゅうさん円"だ!

どうやら、"さ"を言えないらしい。"ち"と言ってしまうのだ。
しょうがないから、私がフォローする。

「はい、53円のお返しです。またどうぞ」

「ねぇ、お父さん。"さしすせそ"って言ってみて」
「なんだよ、急に」
「いいから!」
「"ちしすせそ"」
「やっぱり、"さ"を言えないね」
「うるせー!たまたま口が回らないだけだろう!」
「心配で言ってるんじゃない!なんでわかってくれないの!?」
「こんなの、どうってことねーよ!」
「さっきのクスリ。肩こりとか言ってたけど、ちがうんじゃないの?口が回らないのに関係あるんじゃ、、、」
「そんなことねーよ!ほら、"お客ちん"だ!ちゃんと接客しろ」

そう言ってお父さんは、自分でお客さんの方に向かった。

「いらっしゃいませ〜。いつもありがとうございます。"ちちきちん"、今日は、トマトがいいよ」

"ちちきちん"って。。。"ささきさん"。常連の佐々木さんだよ。

「佐々木さん、ごめんなさい。今日、お父さん、口が回らないみたいで、ちょっと聞き取りづらいと思いますけど」

フォローをすると、佐々木さんは何も気にしない様子でいつも通り、たくさんの野菜を買って帰って行った。

「ねぇ、お父さん、やっぱり変だよ。本当のこと言って。どっか悪いの?」
「うるせー!大丈夫だよ。普段クスリなんて飲まねーから、肩こりのクスリの"ふくちよう"かなんかだろ!」
「"ふくちよう"って"ふくさよう"でしょ!肩こりのクスリで副作用なんて聞いたことないわよ!なんのクスリなの?ホントのこと言ってよ!お願いだから。。。」

お客さんがいるというのに、私は泣きそうになった。

「うるせー!ちょっと休んだらすぐ治るだろ!ちょっとの間、店頼むぞ!!」

お父さんはそう言って、着けていた前掛けを取った。
何か都合が悪いと、すぐ前掛けを取って店の奥に引っ込む。本当は、店の外に出たいんだろうけど、どうしてもお店を空けるのが不安みたいで、何かあったらすぐにお店に出られるように店の奥に引っ込む。

でも、今日は違った。
店の外に出ようとしたのだ。

「ちょ、ちょっと、お父さん!どこ行くのよ!!」

「うるせーなー! "ちんぽ" だよ "ち・ん・ぽ"!!!!」

商店街にお父さんの大きな声が響いた。

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