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サ・ン・パ・イ-ある男の夢の話- 後編

前編はこちら

「これって、何撮ってるんですか? あ、しゃべっちゃっても良いですか?」
「うん、大丈夫。音は使わないから。何撮ってるのかって、サンパイだよ」
「サ・ン・パ・イ?」
「あー略すとピンと来ないか、産業廃棄物。ネタが入ったのよ。某大手企業がここらの山に産業廃棄物を不法投棄してるって」
「それが、あのトラックなんですか?」
「わからん。ハズしてるかもしれないけど、いくつかある条件にハマってるから追ってる。あと15分くらいで何もなかったら引き返す。時間的にもう1回チャンスがある」

産業廃棄物の不法投棄。なんだか報道っぽい。

「産業廃棄物の不法投棄の現場押さえて、テレビ局とかに売るんですか?」
「そんなことしないよ」
「じゃー、なんで追ってるんですか?」
「脅すんだよ」

脅す。。。。

そうだ、森さんは"裏ロムのサラブレッド"だった。
不正を暴く側の人ではないのだ。どちらかというと不正そのもの。「テレビ局とかに売るんですか?」など愚問だったなぁ、と黙っていると、

「産業廃棄物の不法投棄がバレるとどうなるか知ってる?」
「いえ、知りません」
「当たり前に罰則があるんだよ。会社への罰則だと億超える場合もあるんだって、知らんけど」
「億超えですか」
「例えば、バレて罰金1億だとする。その上、ニュースになって会社の評判も信用もガタ落ち。不法投棄したばっかりに踏んだり蹴ったり、損失を換算すると1億以上になる」
「そうなりますね。不法投棄なんてしなきゃいいのに」
「産業廃棄物を捨てるにも結構お金がかかるから、やっちゃう会社が出てくるのよ。だから、証拠揃えて、『1億頂戴』って言ったらくれるんだよ」
「1億払えば、評判は落ちないと」
「そういうこと。1億貰う代わりにこの映像はくれてやる。不法投棄は悪いことだ、2度とするなよ、と言ってやるのさ」
「うーん、なんか良いことしてるように聞こえますけど、、、、」
「うん、もちろん、脅すのは悪いことだよ」
「わかっててやるんですね」
「脅すのは悪いことだと思うけど、悪いことをやってるヤツを脅すことに対して、罪悪感はさほどない」
「ねずみ小僧みたいな感じですか」
「なんだ?ねずみ小僧って?」
「悪代官からお金盗んで、貧しい長屋の人たちにこっそりと配る、みたいな」
「そうだな。そんな正義感はないけどな。さー、このトラックは空振りだ戻るぞ」

1時間くらい追うもトラックに変わった動きはなく、コンビニの駐車場に戻る。

途中、ふと気づく。

「森さん、これって僕も共犯になっちゃいます?脅迫の」
「まぁ、なるっちゃなるけど、知らなきゃ良いんじゃないか?」
「でも、録音されちゃってますね。森さんが脅すっていう話も」
「誰だか分からないから問題ないだろう。まぁ、消しておいた方が安心か。消しておいて」
「はい。今度はカメラ回している時は、しゃべらないようにしますね」
「あ!!次はあのトラックだ」

また追跡が始まった。

カメラが回ってるのでしゃべらないようにすると、まぁ、退屈でしょうがない。
このまま追って行って不法投棄の現場を押さえたとすると、森さんは億の金を手にするのかぁ、と考え始める。
はたしてそんなに巧くいくものなのだろうか?
どうやって某有名企業を脅すのだろう?
映像のコピーを送りつける?
有名企業がそう簡単に動くものかしら?

社長や上層部が指示したとも限らないし、課長とかが勝手に現場に指示したとか。
どっちにしろ、まず傷つくのは会社の看板だから金は動くのか。
課長の勝手な指示だったら、課長はどうなっちゃうんだろう?嗚呼、ミステリー。
しかし、なんか変なことになっちゃったなぁ。この話は聞いてないことにしよう。
とはいえ、不法投棄という悪いことの証拠を押さえようとしているんだから、別に良いじゃないか。不法投棄、ダメ!ゼッタイ!環境にも悪いし。

でも、それをネタに脅そうとしている人を手伝っているという事実。
うん、やっぱり知らなかったことにしよう。
脅しもダメ!絶対!

「ダメだ。空振りだ。帰るか」

森さんは淡々とそう言った。

怒っている様子も残念そうな様子も、ましてや嬉しそうな様子もない。
空振りに終わったのに、変わらないテンション。そういえば、出会った時も、取り立てしてる時も、淡々としていた。
町中華で馬鹿馬鹿しい村田さんのソープ話を嬉しそうに聞いていた時以外は。僕はちょっと安心した。
もし、不法投棄の現場を見てしまったら某企業の不正を暴けるのだ、というドキドキワクワク感はありつつも、それを証拠に脅そうとしている人の片棒を担いでいるのは事実な訳で。後者の不安が無くなったからだ。

「後ろの席の下、開けてみて。小さめの黒いジュラルミンケースがあるはず」

急に森さんが話かけてきた。
後ろの席の下を見ると、小さな取手のようなモノが付いている。
引っ張ってみると、手前に倒れてきて中に箱が入っていた。

「後部座席の下が収納スペースになってるんですね」
「便利だろ。色んなものを隠せるように作ったんだ」

そういえば、この車はところどころ変わってる。
テレビとは別で変なアンテナと小さなモニターがついてるし、コンセントがたくさんあるし。
車の中をキョロキョロ見ていると、色々と普通じゃないことに気が付く。

「で、ジュラルミンケースはあった?」
「あ、すみません。ありました。開けて良いですか?」
「うん。中から1枚取ってくれる」

中を開けると、カードがびっしりと入っていた。名刺の束3つ分くらいはあるように見える。300枚くらいはあるだろうか。

「適当に1枚とって良いですか?」
「うん」

適当に1枚取って渡した。3万円のハイウェイカードだった。遠くに料金所が見える。

「料金所だったんですね。しかし、すごいカードの量ですね」
「まぁね」

そう言いながら、料金所にカードを入れた。
当たり前に、ゲートが上がった。

「おー。これはアタリだ。箱に戻さないで、シートの下に入れておいて」

馬鹿馬鹿しい村田さんのソープ話を聞いている時の嬉しそうな顔で運転しながら、森さんは使った後のハイウェイカードを渡してきた。言われた通りシートの下に入れる。

「沢山ハイウェイカード持ってるんですね」
「ああ、車いっぱい乗るしな。長距離ドライバーに喜ばれるんだよ」
「なんで喜ばれるんですか?」
「そりゃ、半額で売ったら喜ぶだろ」
「じゃー、森さんが1万5000円損するじゃないですか」
「そんなん1枚つくるのに100円もしないから」
「え!?」
「偽造カードだよ、それ。最近、失敗作続きだったんだけど、今回のは成功だ」

嬉しそうだ。

そうだった。森さんは"裏ロムのサラブレッド"だった。

恐喝、偽造カード、裏ロム。完全にアウト。話すと面白いしいい人。間違いなく敵に回したら怖い人だろうけど。
もっと世の中の為になるようなことに、その頭脳と行動力を使えば良いのに。
そんなことを考えてると察したのか、

「俺も、こんなことばかりしたくないんだよ、ホントは」

と話し始めた。

「じゃー、やらなきゃ良いじゃないですか」
「近道なんだよ。俺は団塊の世代を憎んでるんだけどね」
「団塊の世代!?」
「俺らの一回り上の世代が団塊の世代なんだよ。今まで色々やろうとしても先輩面して邪魔してくるし、手柄は平気で横取りするし、ロクなことしやしない」
「それって森さんの出会った先輩が嫌な奴だっただけじゃないですか?」
「多分そうなんだろうけど、"団塊の世代"っていう大きなくくりを敵にしないとやってられないんだよ。ジジィは退けと。実際、人数多いんだからつかえているのは確かだろう?マトモに働いてる俺ら世代の出世だって難しいみたいだし」
「はぁ。近道って言ってましたけど、なんか目標あるんですか?」
「目標っていうか、早く引退したいんだよね」

僕は知っている。引退したい、って言う人ほど引退しない。引退できないのかもしれないけれど。

「引退したいから、産廃で脅して億目指すんですか」
「1億くらいじゃ引退できないよ、全然。とりあえず5億くらい貯めてこの世界からは足洗おうかなって」
「5億貯めて何するんですか?」
「馬だよ、馬。オグリキャップっていう馬知ってる?」
「はい。よくは知りませんが、すごい馬だったみたいですね」
「すごいんだよ!優勝賞金9億くらい、グッズの販売で60億、種牡馬になって18億とか色々。100億くらい稼いだんじゃない?」
「。。。すごいですね」
「最初の値段、売値って知ってる?オグリキャップの。いくらだと思う?」
「わからないですけど、そんなすごい馬だったら3億とか5億とかするんですか?」

とっても嬉しそうだ。

馬の話を始めてからの森さんは、なんだかキラキラしている。
40過ぎのおじさんにキラキラという表現が相応しいかは知らないが、内容はどうであれ夢の話をしている人ってキラキラしてるんだなぁと思う。

「500万。500万らしい。500万が100億くらいに化けるんだぞ。夢があるじゃないか!だから、俺はこの世界を引退して、駄馬を数頭買う。そこからオグリキャップみたいな馬を育てるんだ!そして、団塊の世代に『ザマァ見ろ!』って。数が多いだけで踏ん反り返っているヤツらに、お前らより俺の方が成功者だ!ってな」

結局、博打の話。

カーラジオから聞き覚えのある懐かしいイントロが流れてきた。
このタイミングで、久保田早紀の「異邦人 -シルクロードのテーマ-」
異邦人、違法人。
森さんは世の中の不条理に抗う、夢見る違法人ってことですかね。

取り立て話で出会ってから、今まで全く聞いたことのない裏の話を聞かせてくれた森さん。
やっていることは違法だけれども、ずば抜けた知性と行動力がないとやっていけない世界だろうし、そんな中でも"裏ロムのサラブレッド"と呼ばれる森さんには、ある種の尊敬や憧れのようなものを抱きつつあった。
が、”裏ロムのサラブレッド"がサラブレッドを買って一発当てる話になり、カーラジオから「異邦人 -シルクロードのテーマ-」。ひょっとして"裏ロムのサラブレッド"ってサラブレッド好きって意味もかかってる?

しょうもないオチを感じ、疲れがどっと出た僕は

「すみません、ちょっと寝ても良いですか?」

と尋ねながら瞼を閉じた。

ああ、今日って産廃の現場撮れなかったけど、ギャラでるのかな?と思いつつ。

車は世田谷の事務所に向かっていた。


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