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公園でタバコを吸う高校生

平日の昼間、気分転換に散歩に出かけた。
歩いたことのない道を歩いてみようと細い路地裏を進む。錆びついた看板から推測するに昔は床屋だったであろう家屋、自宅開業しているパン屋、やっているのかやっていないのかわからない文房具店、墓地、などなどなど、結構長いこと通っている会社がある地域なのに新たな発見があるものだ。
そうこうしているうちに、よく知った道に出た。会社に戻るには少し時間が早い。コンビニエンスストアでコーヒーを買って、近くの公園に寄ってサボタージュが良い。近くに人気があまりなくてこういう時にはもってこいの公園があるのだ。

コーヒーを持ち公園に向かう途中、公園には制服を着た高校生らしき男子がいるのが遠くに見える。どうやらタバコを吸っているらしい。嫌煙ムードが続く昨今、いまだにタバコを吸う高校生っているものなのだなぁと感慨深く思う。

中学生の頃、体育館の裏やトイレでタバコを吸う友人がいたものだ。何故、わざわざ逃げ場のないトイレでタバコを吸うのだろう?と当時は不思議で仕方がなかったが、ただ単にタバコが吸いたいのではなかったんだろうなぁ、というのに気がついたのは20歳くらいの頃だったろうか?
タバコを吸うことが格好良い、みたいな風潮は当時確かにあったが、そう単純なものではなかったのだろう。
わざわざバレそうなところでタバコを吸う、校舎の窓ガラスを割る、挙句の果てには堂々と廊下を歩きながらタバコを吸い注意する先生と胸ぐらのつかみ合い、消化器をぶちまける、これらの行動には訳があったのだ。彼らなりの。
当時でも、彼らのそんな行動から学ぶこともあった。消化器がぶちまけられたら、逆さまにして頭の部分を下にすると止まる、ということなどだ。

高校生になると停学などのペナルティが発生するためか少し落ち着き、学校でタバコを吸うことは少なくなる。友人宅や優しいマスターのいる喫茶店など、先生にバレにくいところで吸うようになる。先生に見つかる彼らなりの理由があった行動だったはずだが、それも薄れ、単純に立派な喫煙者になったということだろうか。
いや、多分、彼らなりの理由はくすぶり続けていたんだと思う。
公園にいる彼も多分その類なのだろう。
それはいつまでくすぶり続けるのだろう?きっと、今も世代を超えて、バトンのように受け継がれてもいるのだろう。

そんな懐かしいことを思い出しながら公園に入り、わざと彼の近くに行くとギョッ!っとした。
高校生だと思っていた彼は、どこかの高校の制服をきたおっちゃんだったのだ。いや、おじいちゃんだったのだ。
思い込みはよくない。見た目で判断してはいけない、おじいちゃんは高校生なのだ。この時間に学校ではなく公園にいる理由は?高校生じゃないとしたら、なんで制服を着ているのだろうか?入手経路は?
アタマに浮かぶ怒涛のクエスチョン。結局そのまま公園を素通りし会社に戻った。公園で飲むつもりだったコーヒーはコップにたっぷり入ったママ。

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