掌編小説・万年桜と春生まれの彼女

 春生まれの彼女と一緒に桜を持ち帰ってきた。春からずっと花が咲いている。秋になり彼女が1週間出張で部屋を空けると花びらが散り始めた。彼女が戻ると桜は散るのをやめ、花は勢いを取り戻した。また春が来て彼女が部屋を出て行くと東京の開花宣言も出ないうちに部屋の桜は全て散ってしまった。
 そして部屋の桜は夏になって葉をたくさんつけて、風が部屋を抜けると葉の擦れる音が綺麗だった。エアコンをつけると葉を落とし始めたので、あまりつけないようにしている。青々とした葉を少し貰って塩漬けにした。
 ごつごつした幹をなでると枝が揺れた。去年よりも少し太くなったような気がする。花が散って後はそのまま終わってしまうのかと思っていたけれど、夏らしい姿になって年中花を咲かせていた頃よりもずっと良いと思った。無理をしていたんじゃないか。話しかけても返事はない。秋になって葉を落とす姿を思い浮かべた。部屋中が落ち葉にまみれても気にせず桜は冬までに葉を全て落とすだろう。僕もなるべく拾うようにはするけれどいくらかは部屋の一部になって残る。本棚の隙間や机の下、それからキッチンの片隅、そしてこれはどうしてここにあるのか、靴の中に入っている。
 そう思うとこの桜をこの部屋から追い出さなければいけない気持ちになった。桜を連れ出そうとするとやはり去年より重い。行くところは一つだった。彼女のいる部屋の他にこの桜が来年の春に咲く姿を思い浮かべられなかった。彼女は葉桜になった姿を見て目を丸くした。彼女と一緒なら花が咲くだろうと言って彼女の部屋に桜を置いてきた。
 自分の部屋に帰ると冷蔵庫に塩漬けにしたあの桜の葉があることを思い出した。取り出してみると桜の香りが立つ。塩を振りすぎたのか、少ししょっぱい。海老とご飯を巻いて食べるとおいしかった。暑いのでエアコンをつける。吐き出す風は肌に当たると冷たかった。

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