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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第13話


 田舎の春の海は人の気配がほとんどなかった。レンタカーを借り、僕の運転で優美の地元まで来た。車を浜辺近くの駐車場に車を止める。

「本当になにもないでしょ」

 夏になれば海水浴場として人が集まりそうな気はしたが、近くにコンビニもなく飲み物の自動販売機が二台あるばかりで、その自動販売機も売り切れが目立ち、横に置いてあるゴミ箱は空の缶やペットボトルで溢れ返っていた。あまり入りたいと思えないトイレらしき建物が妙にカラフルなのと、体を洗うための水しか出ないシャワーがかろうじて夏の海水浴場の名残を見せていた。

「打ち捨てられてるような感じがする」

「そうかもね。夏になるまでは目的のない場所だから」

 波は穏やかに浜を打っていたが風が冷たい。潮風は磯のにおいがした。湿度を持った風が優美の髪を撫でた。

 波が寄せては返すのをじっと見ていた。僕も優美も海のほうを向いて、話すことはなかった。波打ち際から視線を遠くへ向けると海が途切れ水平線へとたどり着いた。それで僕はなんとなく地球が丸いことをぼんやり思っていた。水平線の向こうにも海が広がっていて、ずっと先に向かっていくとやがて別の土地に繋がっていることが不思議と現実感を持ってくる。

 海の向こう、見えない先にある岸にも同じように波を打つ海辺があることを思った。この海辺にはなにもないと思っていたが、なにもないのではなくすべての延長線がここへたどり着くための空白の場所なのではないかとさえ思えた。

「なにもない、というわけではない気がする」

 海へ向かったまま僕はそのように言葉を口にした。優美はその言葉を聞いたのか聞かなかったのか、後に続いて言葉を発することはなかった。ただ穏やかな表情で海を眺めていた。

 お互いにそのタイミングが来て、僕たちは海を後にした。優美が行ってみたいというカフェがあったのでそのカフェまで車を走らせた。マフィンがおいしいカフェで紅茶によく合う味だった。

 優美がそのカフェの店長と話をしている間、ふと佐倉真琴のことを思い出していた。答えの出ない関係だった。友達みたいな振りをして、佐倉真琴の好意には気づいていたが一向に踏み込んでこない姿勢を利用してだらだらと会うのを楽しんでいた。

 もう佐倉真琴と今後会うことはないと思った。佐倉真琴が本屋に来たとしてもドライブに誘おうとは思わない。僕は自分が思っていた以上に佐倉真琴を好きではなかった。テーブルの上に落ちているマフィンが砕けた小さな粒を指で集めているとそんな気持ちになった。

 優美は戻ってくると今度優美のカフェにここのマフィンが送られてくるのだと嬉しそうに言った。僕はそのマフィンを優美のカフェで食べたいと思った。




(第14話へ続く)



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