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〈短編小説〉あれからの話だけど Bonus track 第14話


 それから優美が行きたい本屋へと向かった。車を海辺から街中へと走らせる。夫婦が二人で営んでいる本屋らしかった。

 本屋に着くと今日はイベントの日のようだ。本屋の前にキッチンカーでの飲み物や軽食の出張販売が出ている。キッチンカーの前に出ているメニューを眺めながら本屋の中に入った。

 本屋の中は一部がギャラリーのスペースになっていて今日はその展示に合わせたイベントのようだった。ギャラリーには海にまつわる作品がいくつも並んでいた。一人の作家の作品ではなく何名かの作家の作品が集められている。写真や絵、海から拾ってきた流木や石に加工を施したものなどの展示の中で、映像の作品がひとつあった。

 一メートル四方くらいの大きさだろうか、地引網漁に使う網の中心に帆船の帆に用いられていた布が縫いつけれられている。壁に貼られたその布にプロジェクターで海の波打つ様子が映し出されていた。今日、こちらに来て最初に見た海の景色によく似ている。音はなく、さざ波だけが見える。

 優美と並んでその映像を見ていると、店の奥から女性が出てきた。

「こんにちは。ゆっくりしていってくださいね」

 四十歳前後くらいの物腰の柔らかい雰囲気を持った女性だった。白地に色とりどりの貝殻の絵が散りばめられたワンピースを着ている。この本屋の人らしかった。

「その作品は夫のものなんです。映像の海はここから離れた海辺に置いてあるカメラにいま映っている海です」

「録画したものではなくて?」

 僕はてっきり用意された映像が映し出されていると思っていた。

「はい。いまその海で起こっていることがそのままここに映っています」

「なんだか鏡みたいですね」

 僕は思ったまま率直に鏡みたいだと言った。

「私も鏡みたいって思った」

 優美は映像を見ていた。いまにも手を伸ばしてその帆に手をふれそうなくらい目を見張っていた。

「あら私たちも鏡だと思っていました。だからこの映像って実は左右反転しているんです。最初は海を映す鏡をここに作ろうと思っていたんですよ」

 映像が左右反転しているかどうかは説明された後でもよく分からなかった。ただその映像の海はいままさに離れたところで波を打ち、その波は寄せては返し、満ち引きを繰り返している。そしてこの本屋にその海の一部が流れ込んでいた。同じ時間の中で海は脈動し、こちらになにか投げかけてくる。

「でも私は海が映っているというよりも私が映っているような気がしました」

 優美は本屋の女性にそう言った。僕もそんな気持ちがした。

「そう思ってくださったなら夫も喜ぶと思います。今回の展示のテーマが『海を見つめ直す』でしたので」

 今日、本屋にはその女性の夫は不在だった。いつか会ってみたいと思った。




(第15話へ続く)


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