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ラーメンを食べた(日記)

いまの街に引っ越してきたとき、昭和で街の雰囲気が止まってしまったかのような印象を受けた。

車通りの少ない綺麗な大通り沿いに、ぽつぽつとシャッターが閉まった建物が連なっていた。いくつか空いているお店はあるけど、お店に人の気配が感じられず、たまに常連さんと思しきおじいちゃんおばあちゃんが入店するのを見る。

もちろん最近オープンした新しいお店や、地域に根ざした大きめのスーパーもあるにはある。だけど、そういうお店がパッと見て直ぐに目に入ってしまうくらいに、しんと落ち着いた街だ。

自分が生まれ育ったのはマンションがたくさん立ち並ぶ無個性な郊外だったので、最初は祖父母の実家のある街へ来たような感覚だった。かつて栄えた頃の残滓が見え隠れする、ある種老成した街に懐かしさを感じた。

そんな街の中で、すこしだけ気になっていた場所があった。引っ越してきた頃からずっとそこに居て、存在感があるけでもないけどこざっぱりした、昭和のまま時が止まってしまったようなお店。ラーメン屋さんだった。チェーンよろしく乱立する家系ラーメンや中華料理チェーン店とは全然違った雰囲気を醸し出していて、ラーメン屋というより「街の中華料理屋さん」といった雰囲気だった。

たまたま住んでいる場所について調べているとき、このお店についての口コミが出てきて「あ、ここ入りやすそう」と思ったので、行きたいゲージが静かに積み上がっていた。なかなか行く機会を得ることなく、いつしか無職となっていた。

そして今日。たまたまお腹が空いている状態で「あ、そういえばあのお店行ってみようか」と思い、身支度をしてラーメン屋へ突撃した。はじめてのお店に入る時は、「変なお店だったらどうしよう」という漠然とした不安と「どういうお店なのかな」というワクワク感が入り混じる。今回はご飯屋さんの開拓なので、居酒屋の開拓に比べたら、そこまで気負わずに済んだ。

お店のドアをあけたら、お店の中は一発で見通せるくらいにこぢんまりしていた。カウンター沿いに席が並んでいて、その横の空きスペースへテーブルが数個並べてあった。店員さんとマンツーなのは恥ずかしいので、ひとりながらもテーブル席へささっと移動した。テーブルへ座ると、店主が無言でスッとお茶を出してくれた。

笑顔でニコニコしながら「いらっしゃいませ!当店のご利用は初めてですか?あ、いらしたことありますか、でしたら…」と懇切丁寧に接客をしてくれるお店や、大声で「ルァッシャイマセェ!」と言われる中で後ろに並ぶ人のプレッシャーを感じつつ食券機で券を買うお店に比べて、気楽だった。最低限の応答以外は、なるべく喋りたくない。

置いてあるメニューは年季が入っているようで、紙が茶色く変色していた。一体このお店はいつからあるんだろう。壁には、黒いマーカーで「ビール 500円」と書かれた茶色い紙が貼ってあった。ビニールクロスの下に敷いてあるレースも、祖父母宅のリビングルームの机みたいだ。

テーブル席に座ってメニューを見ているだけなのに、祖父母宅へ帰省してひとりでぼーっとしているような、そんな安心感があった。計算尽くでおしゃれで居心地の良い空間を提供している北欧風カフェも好きだけど、そこにいるよりも圧倒的にホッとする。おしゃれすぎる場所にいると「はやく帰りたい」と思うけど、このお店は「ここに帰ってきたな」と思わせるおうち感があった。

そして、メニューの中でいちばん安いラーメンを頼んだ。本当は餃子とラーメンをセットで食べたかったけど、お腹が爆発するだろうと思って断念した。ラーメンと餃子を頼んで、ビールもいっしょに頼んだら最高だったろうなぁ。座っている席からちょうど店内のテレビがよく見えるし、価格もお手頃で、何より店主はお客さんを放置してくれる。人の気配もないし最高。

ラーメンは凄くシンプルで、醤油ベースのスープへメンマ、チャーシュー、ナルトが良い感じに配置されていた。刻みネギが良いアクセントとなっていた。ぐるぐる巻きのピンク色の線をしたナルトを、カップラーメン以外で見かけたのは久しぶりだった。かつてナルトが好きで、親がラーメンを作る時にナルトをたくさん入れるよう、せがんでいたことを思い出す。

スープが個人的に好きな味で、出汁の味がけっこう効いていた。鰹節から取ったような感じの味。具材もさっぱり目なので、スープと具材のさっぱりさ加減のバランスが良くて、スルスルと食べることができた。若干麺の量が多かったけど、スープがとても美味しいため、最後まで食べきることができた。

食べている最中に店主が(自分の視界から)いなくなり、お店には自分ひとりしか居ないんじゃないかと錯覚する時間があった。こざっぱりした街の中華料理屋さんで、流れているテレビを横目に、ひとりラーメンを食べている非日常感とおうち感。自分がまるで映画のワンシーンの中にいるかのような、不思議な気持ちになった。

お会計をしてお店を出ると、いつも自分が目にしている街の光景が飛び込んできた。非日常を体験したのち、普段生活しているところへ帰ってくる…というベタなストーリー展開のなかに自分がいるような気持ちになった。そんなわけないと頭で理解しつつ、誰にも迷惑をかけているわけでもないから、この気持ちをしばらく噛み締めていようと思った。

つぎに行く時は、餃子とビールを一緒に注文して、永遠にお店に居座りたい。

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