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【小説】ハグの日。

「おかえりなさーい!」

帰ると、妻が俺の目の前で両手を広げて立ちふさがった。

「なに? 相撲でもとるの?」
「そうそう、のこったのこった! って違うよ!」

むーん、と頬を膨らませる彼女の横を通りぬけ、ネクタイを外し、脱いだ靴下を洗濯機に放り込んだ。

「で、なに?」
「もー、今日なんの日か知らないの?」
「え? 8月9日……ハチ、キュー……あ、ハッキョイの日だ」
「全然違うし! おまけにハッキョイって無理やりだし! 相撲から離れて!」
「えー、思いつかないなー」
「考えるフリぐらいしよ!?」

ひとしきり怒ったあと、彼女は大きなため息をついた。

「今日はハグの日なんだよ……」
「へー」
「だからハグしたかったのに!」
「いつもしてんじゃん」
「そういうんじゃないんだよ、ハグの日だからこそのハグがあるんだよ……」

ちょっと何を言ってるか分からない。

「ハグはいいけど、ほら暑いし」
「もう、つまんない!」
「ごめん、ごめん」

頬を膨らませてはいるが、別に怒っているというわけではないようだ。
普段どおりのじゃれ合いだ。

「で、お風呂? ごはん? それともあた……」
「風呂で」

食い気味で俺が答えたことにますます頬を膨らませる。

「せっかく今日はきみの好きな唐揚げにしたのに!」
「あ、メシ大丈夫。軽く食ってきたから」
「……え」

スッと彼女のテンションが下がったのが分かった。
まずい。

「食べてきたんだ?」
「その、メール忘れてて……」

そう、うっかり。

「大丈夫。気にしないで。明日のお弁当に入れるから」

ニコリと微笑むと、彼女は俺に背を向けた。
怒ってるんじゃない、悲しくなってるんだ。

「……ごめん」
「いいって。早くお風呂、入ってきたら?」
「……ん」

こういうとき、怒ってくれたほうがいい。
もう少し何か気の利いた言葉を、と思ったけれど、きっと彼女は俺が風呂に入っている間に自分で自分の機嫌を取るだろう。
ハグぐらい、しとけばよかったと後悔先に立たず。

思った通り、風呂から出てくると、彼女はいつもどおりだった。
そのあとも一緒にテレビを観て、笑って。
ただ、彼女がひとりで先にベッドに入ったことはいつもと違うことだった。
まだへこんでるのかな、と思うとすぐに寝室には行き辛い。
謝るには謝ったし、あとは何をすれば……。

「……あ」

寝室に入ると、規則正しい寝息が聞こえた。
ベッドに入ると、俺に背を向けるような形で寝ている彼女を後ろから抱きしめた。
ハグの日には少し遅刻だけれど、これで許してほしい。
すると、彼女が少しだけ身じろぎした。
そして、一言。

「……暑いぃぃぃ……」

なんとも、彼女らしい一言。
でも、俺の腕の中で寝返りをうつと、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめ返してきた。

「……許す」
「ありがとう」

確かに暑い。
暑いけれど、今夜はもう少しだけ、こうしていよう。

end.


このあとは同じく『ハグの日』をテーマにした掌小説です。

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