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超Cool ! に救世観音は舞う  羽生結弦のLet Me Entertain You

 2020年全日本フィギュアスケート選手権 男子シングル ショートプログラム。26番滑走でコールされた羽生はゴージャスな黒いジャケット姿でルーティンをこなしながらリンク中央へ。腕を組み、ちょっと顎を反らす小生意気な構えが新鮮だ。「Let Me Entertain You」の曲が鳴り始め、軽く閉じた目を開いた瞬間、ロックスターが出現した。ビートの効いたイントロに乗って軽やかにターン、じらすようにたっぷりとためのあるカーヴを描き、「ほら、もう目が放せないだろ!」とばかりにぴんと伸ばした両手で照準を定め、目線と笑顔でスタンドを焦土化。けれど、挑発的な歌詞、キレの良いスケーティング、スタッズの目立つロックな衣装にもかかわらず、伊達で危ないワルというより、インターンデビューしたばかりのちょっと遠慮がちな小悪魔みたいにも見えるのはスピードが抑えめだからか、それともコロナ禍の観戦ルールで静かな客席に戸惑いがあるのだろうか。しかし、勢い・高さともに素晴らしい最初の4回転サルコウを決めると、小悪魔はたちまち本領を発揮し始める。歓声はなくとも、客席から、そして電波越しにも押し寄せる抑えきれない興奮を感じ取ったかのように。歌いながら、舞いながら、悠然とリンクの長径を横断し、4T+両手を高々と上げた3Tのコンボ。パワー、柔軟性、バランスの良さを見せびらかすようなフライングキャメル。曲のアクセントにきっちり合わせたランジ、イーグルと見せ場を畳みかけ、観客の期待と興奮の頂点で颯爽と3Aを離陸、有史以来最高ではないかという高さと速度で回転して次のアクセント「ジャーン」とともに着地するという離れ業、さらに一度見たら絶対に忘れられない足上げまで。大技だけでなく、ちりばめられた多彩な動きとくるくる変わる表情が光を浴びたクリスタルのようだ。
 ジャンプも、スピンのポジションチェンジや腕の振りも、ツイズルの回転リズムも、ステップも、すべて小気味よいほどに音にあっている。しなやかな肢体から息を飲むような技を次々に繰り出す様子はどこか余裕さえ感じさせ、ギラギラと男っぽいのとは違う「上品(じょうぼん)なる野生」とでも言いたいようなスタイルだ。こんな風に「come on, come on, come on…」と誘われたら、「見た目がいいだけ、キスが上手いだけの男にはなびかないわ」という意地っ張りな女でもとろかされてしまうことだろう。

 めまぐるしくもスタイリッシュなステップシークエンスで観客をきりきり舞いさせ、ラストは複雑に変化する高速スピンを回りながら腕と手先の動きでさらに曲のアクセントを強調するという、ほかの誰もできないような技巧を披露。それなのに膝をついていかにもロックスターなフィニッシュを決めた次の瞬間の、中学生みたいな笑顔はほとんど反則だ。悲鳴とともにイエローカードならぬ黄色いクマを投げたくなってしまうのも無理はない。このプログラムの完成にはプーシャワーと会場の屋根を吹き飛ばす歓声が許されるシチュエーションが絶対必須だろう。

 「Let Me Entertain You」は遊びなれた伊達男が彼氏持ちのちょっと初心な女の子を誘惑しようとしている歌らしい。「一期(いちご)は夢よ ただ狂え」というロックなスピリッツは2016-2017シーズンの「Let’s go crazy」と共通しているけれど、もっとわかりやすくてストレートだ。羽生はそこに惜しげもなく技を詰め込んでとびきりのエンタテイメントにして見せた。
 「こんな時だからこそ、楽しんでいただけるものに」という彼の言葉、また、編曲や振り付けにも積極的にかかわったという話を聞いて、以前にもちょっと感じたのだが「彼は『風姿花伝』を読んでいるのかしら」とまた、思ってしまった。

 世阿弥は「藝能とは、諸人の心を和らげて、上下の感をなさん事、寿福増長の基、遐齢(かれい)・延年の法なるべし」と述べている。「能楽」という名称は後世のもので、世阿弥の時代には「申楽(さるがく)」と呼びならわされていた。その起源を世阿弥は天岩戸に閉じこもってしまった天照大神(あまてらすおおみかみ)の怒りを鎮めて世界に光を取り戻した天のうずめの尊(みこと)の神楽(かぐら)に求め、聖徳太子が「神楽」の「神」の「ネ」偏をとって「申楽」と名付けたという説を展開。そのあたりの真偽は不明だが、神々をも諸人をも慰め、楽しませる芸能は「天下安全」と「寿福増長」、すなわち平穏と幸せをもたらす大切な役割を担っているという主張には説得力がある。500年以上の時を隔てても、アーティストの感性には共通するものがあるのだろうか。

 そして、世阿弥の時代には主だった座が競演して優劣を競う「勝負の立合」というものがしばしば行われていた。敗ければ地位を失い、存続にかかわるほど厳しいもので、各座は人気と権力者の後ろ楯を得るため、あるいはパトロンの名誉のために激しく競い合った。勝ち抜く手立てを問われた世阿弥は、ライヴァルとはっきり異なる個性と出し物が必要であり、おのれの技や格の高さを最大限に見せ得る演目を自ら創作することこそ最強、と答えている。
 
 「Let Me Entertain You」を初演した翌日のフリー、「天と地とHeaven and Earth」で羽生はその創造性と個性をさらに明確に示した。上手い、美しい、そういった言葉だけでは表しきれない超越したような空気感があって、彼の目指すところがより力強く見えてきたように思える。自身が主体となって選曲・編曲・振り付けをおこなうことも、インタビューで語ったように「勝負に勝ったうえで、価値のあるものにしたい」ならば当然の帰結なのかもしれない。

 2020年の全日本選手権における羽生結弦の演技を見返して、「冷えに冷えたり」という言葉を思い出した。「冷え」とは芸術における「さび」のさらに先を行く、水のように淡々とした洗練の極みを表すらしい。若き日の世阿弥がリスペクトし、学んだ田楽の名手・増阿弥の芸を評して言ったという。とても理解が追い付かない境地だが、今時の言葉「So cool !」と重なるのが不思議だ。音楽との調和において、羽生は既に他の追随を許さない。しかし、目指す所は遥かに高く、4Aを試合で跳びたいそうだ。それも表現の一部として美しく。4Aの壁がクリアされたその先に、私たちは「冷えに冷えた」超クールな氷上の芸術を目撃できるかもしれない。

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