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キリストとの出会い

今日はとても大切な話をしてみたい。
自分がいままで胸に秘めていた最も大切なものを現してみたい。

私はクリスチャンになったのだがそのキッカケは様々あった。
一つの大きなキッカケとなる話があった。
個人的なキリストとの信仰体験を書く前に、話の枕にすることなど勿体ないが、金城重明という沖縄の牧師さんの話をしたい。

金城先生は沖縄戦で強制集団死を経験された。
戦争ではたくさんの悲劇を産む。
ユダヤ人迫害、ポルポトの虐殺、しかし、私はあらゆる歴史の中でも、金城先生の悲劇は苦しい。

第二次大戦下の沖縄は、降伏するくらいなら死を選ぶ空気があった。
日本軍は民間人に鬼畜米と教え、米兵につかまれば、拷問に強姦、この上ない苦しみを受けると説明していた。そして日本人としての誇りを胸に、自決を勧めていた

そして金城さん家族の村近くに米兵がやって来た。助けてくれる日本軍はもういない。
民間人は、家族を連れ、洞窟の中に入り、集団自決を試みる。

しかし手榴弾で自決しようと試みるが作動しない。

「お願い鬼畜米がやってくる、早く殺して」

その願いを聞き、力ある男たちは、妻や子どもを斧で殴り、そして愛する者の首を絞める。

当時、10代半ばだった金城青年は、母親に早く殺してくれと頼まれる。そして母、妹の首を閉めた。痛くないように謝りながら手に掛けた。

そして金城さん同様、洞窟の中で、家族を手に掛けた数人の若者達。お互いの命をどう始末するか話していると、一人が米兵に一矢報いてから死のうと言った。
みんな同意し、恐怖の中、斧や石を持って洞窟から飛び出した。

米兵を探し、長い間森の中をさまよい歩いているとどこかで人の声がする。駆け寄ってみると、日本軍は降伏していて
米兵の元、民間人は避難している。

鬼畜米がいる。

そして気がつく。

全て嘘だったじゃないか。

金城青年は目の前が真っ暗になった。

その後、金城青年は、聖書と出会い、沖縄で牧師となられた。

金城先生は言う。後悔や懺悔やら苦しみやら、死んだ方が楽だと思っていた。しかし、聖書をとおしてキリストの人生を知り、報われた。

十字架に掛けられたキリスト。
殴られ、鞭打たれ、笑われ、
何も罪のない人が死んだ。

しかし聖書を読み、祈り、懺悔をしていく中で、金城先生は気づく。

洞窟のあの罪深い惨劇の瞬間にも、
「イエスキリストは共にいてくれていた」とおっしゃっていた。

そう話して先生は、2022年7月にお亡くなりになった。 

愛する家族を自らの手にかける。
これ以上の不幸を私は考えられない。

今年西南大学の教会でこの話を聞いた時、
そんな金城先生の心をも救ったキリスト、そして信仰にある救いを信じてみたくなった。

ここからは、私の経験と考えによるキリストの救いについてである。
個人的背景もあるし、決して理性的に納得できる話ではないと思う。

しかし私はこれまで、出会った皆さんに私のことを、イエスキリストのこと、神様のことを打ち明けてみたくなった。

それは私に親切に接してくれた皆さんへの想いからである。

日本では神道的アミニズムの国である。自然拝み、共生して生きていく。そんな土壌がある。その中で一神教的なキリストはなかなか受け入れられづらい。

ましては色んな事件があり宗教にはとことん嫌悪感がある国である。

そんな中でも、勇気を出して
打ち明けてみたい。

それは自分が生きてきた中で、最も大きな愛をキリストから受けたからである。

私の背景を語れば、大学時代トランスパーソナル心理学会に入っていた。これら私の出身の明治大学にあるスピリチュアルな心理を学術的に学ぶ場所である。学会だけては飽き足らず、瞑想、ヨガ、般若心経読経、霊的なワーク、ヴィパッサナー、サマタ瞑想、シュタイナー思想など、古今東西あらゆる心理的なワークをやった。おそらく、精神的な分野、心理からスピリチュアルから宗教に至るまであらゆることはやってきた。
10日間、誰とも話さず一日十時間近く瞑想するヴィパッサナー瞑想合宿にも行ったし、インドで修行して帰ってきた、悟ったとされる世界的にも著名なヨガ先生の元で修行してたこともある。
私がこんなにも精神的遍歴を求めたのは、人は必ず死ぬ。不幸にも死ぬと決まっているのに、生きてる人生に虚無感を感じていたからだった。これは物心ついた頃からの悩みであった。
生きてる限り死ぬ、愛してる人もいずれ死ぬ、どんなに稼いで豊かになっても死ぬ。良い思いをしても死ぬ。私はこんなに不幸な世界などないと思ってた。
その不安を忘れるために、恋や遊びやら酒やら、色んなものにのめり込むが、しばらく経てば、のめり込めなくなる。そして初めは新鮮だった恋も、しばらく経てば味気ないものになる。永遠の愛などなく、人生は枯れ落ちる葉そのものだと。
次第に、人生とは、死や虚無から逃れるための、ただのやり過ごし期間だと考えるようになった。
大学時代は余りにも虚しく、もし火災があって誰か人が残ってたら、そこに飛び込んで生涯を終えたいとも考えていた。死に際の最も美しい瞬間こそ、この人生への虚無への最大の反抗になると思っていたからだ。
こんな思いがあり、太宰治や芥川なんて虚無に苦しむ文学者に、自分を重ねて生きていた。
大学を休学して、就職活動も辞退して、ただ心と人間という存在の救いを求めていた。

そういうわけで、切に救いを求めてあらゆる修行もして、出家まがいなこともして、放蕩もして、思索に耽り、生きてきた。
 
快楽にのめり込む生活こそが救いになるのか、禁欲で慎ましくいきることが救いになるのか。あらゆる場所に行き、あらゆる生き方を模索していったこともある。ここ2年くらいはそんな生き方だった。しかし、いつか死ぬという虚無感からは超えられない。はっきり言って、思想では救われない。もう救いは見つからないと考えるようになっていった。

お釈迦様はスジャータから供養を受けて、七日間の瞑想、禅定に至り悟った。その後、この世にこの教えを伝えることは無理だと虚しさを感じて死のうとした。そこに梵天様が現れて、引き留められた。この世を幻想という釈尊は虚無を乗り越えていたのだろうか。
あれだけ修行した釈尊でさえ、虚無を超えられないじゃないかと思った。

そんなときに慰めてくれるのは、いつだって芸術だった。美は心を潤す。
古きピアニスト、ディヌリパッティの音楽。余りにも美しい旋律。彼のピアノは神に捧げるように演奏をしていた。
そしてリパッティを聞いてると、捧げる人生でありたいと深く思う。そんな時、昔テレビで見た中村哲さんの顔を思い出す。
アフガニスタンで身を捧げるようにして生きた方である。アメニモマケズのように。
改めて動画で彼の目と生き方を見てると、
虚無感の越える方法は、隣人のために捧げるように生きることだと切に思った。
そんなことを考えてた時期がつづき、物と欲で飽和している東京にいてもダメだと思い、飛び出すことにした。
色々やっていた修行を辞めて、東京から出て、福岡にやって来た。約9ヶ月前のことである。ほぼ無一文で福岡にやって来たが
自分の本質的な側面は隠しながら、マイルドな貧乏旅人のように福岡をふらついた。

福岡に来て思い出したのは、中村哲さんがキリスト教徒であったこと。たまたま散歩していたら、彼ゆかりの教会があるので訪ねてみた。
ピンポンを押して入ってみると、牧師の奥さんが暖かく出迎えてくれた。話を聞いてみると、中村哲さんが通っていた教会ではなかった。しかし、哲さんの話をすると喜んで礼拝堂を連れて行ってくれた。ここでびっくりした。礼拝堂の体中が透き通るような精妙な力。
長く修行していたから、この精妙な力がどれだけ尊いものなのか、よく分かる。

これが僕とキリストとの出会いだった。

牧師の奥さんは目がとても綺麗だった。
キリストを信じてる人の善良な眼差しに、圧倒された。そして奥さんのご厚意で新約聖書をプレゼントを頂き、その場を後にした。

しかし、あの精妙な力を感じてもなかなかキリストを受け入れられない。様々な修行をしてきたという自負があったからだ。さらに哲学的に様々な思索を積み重ねてきていた。
自分は、神とは無色透明のエネルギーであり、キリスト教も仏教もイスラム教も、単に青、黄、赤みたいな違いである。無色透明に近づいていくための、青い教えがキリストで、黄色の教えが仏教である。という考え方に至っていた。度々、精妙な力で癒やされるために、教会に通うが、根源から自分の虚無が救われるのかは疑問だった。
それに、聖書も二千年前の書物であり、アッブデートはされているのか疑問であった。自分の理性が抵抗し、そう簡単には信じられなかった。キリストの存在は感じても教えを信じるということはなかなかできなかった。
こうして僕はキリストに惹かれながらも、半年以上、キリストに抵抗し続けていた。

そして七月に入り、様々なことが起きた。
一緒に事業をやろうと考えてた友達が鬱になった。
これだけ精神の遍歴をしてきたので、何か心理ワークで手助けできるだろうと思っていたが、彼に何もできなかった。無力感に襲われてると、キリストが頭に過る。
そして、彼と一緒に西南学院大学の聖書博物館に行く。すると、そこには、とんでもない聖霊で満たされていた。彼を助けたいと思った自分の愛に、キリストの愛が歓迎してくれたのかと少し感動を覚えた。
博物館から出ると彼の表情は見違える程変わっていた。そして、小戸シーサイドで夕焼けを観に行った。運転中曇りだった天気は晴れ渡り、絶好のタイミングで紫とオレンジの格別な夕焼けが見られた。

余りにも美しい一日、神の存在を感じ、讃えてみたくなった。

それから友人は仕事にも復帰し、キリストの恩恵は様々なところであった。神様の心に叶う祈りをすると、自分の諸問題も解決されていく。まして身近な人にも届くものがある。しかし、キリストの存在を信じることはできたが、聖書には疑問があった。

そこで、意を決して、八女市、うきは市の山奥で二ヶ月ほど、聖書を読み、祈り、懺悔をし、神を賛美するという生活を行った。
これは教会や誰かの教えではなく、個人的なキリストとの交わりを求めてである。
そうして山奥の生活をしてると面白い出来事が起きてくる。

山奥の宿やレストランで働きながらの生活だったが、何か問題が起きると、聖書の言葉が頭に過る。そしてそれが解決策に繋がる。  また、言ってることがめちゃくちゃで、尊敬できない人がいた。一切キリストの話をしてなかったが、「聖書の中身なんて改竄されてるよね」と他の人に話をしてるのを耳にする。
また私自身が聖書を読む前に考えていた哲学を苦しそう話す人の姿を何人も見た。こんな出来事が相次ぎ起きた。

シンクロニシティ。意味のない偶然はない。自分はもっと聖書を信じて見ようと思った。すると聖書を読んでいても、教会で感じたような精妙な力を頭の中に感じる。おそらく、今までに自分が誤った考えが頭の中に詰まっていて、精妙な力を感じられていなかったのだと気づくようになった。ただし、聖書には解釈する余白がある。深みのある読み方をしてこそ、その深淵に気がつくものであるとも思う。
こうして朝晩、枕元に聖書を起き、祈り、懺悔をし、日中は働き、神を賛美するという生活をしていると、虚無感などまるで感じなくなった。
朝起きて、夜寝る前には感じる気怠いような、このまま寝たままでも良いかもといった思いもまるで出てこない。この二ヶ月で、幼い頃から苦しんできた虚無がなくなった。

私にとって信じられない奇跡であった。本当の救いがあった。

少しイエスキリストの話をしよう。
梵天様のエピソードのようにお釈迦様は最後まで虚無があったと思う。
しかし、イエスキリストは違う。自分を供物として十字架に掛かり彼は磔にあって死ぬことを知りながら、それでも自らの足で向かった。

イエスは捉えられて処刑される運命を知っていた。その晩に弟子たちに言う。
「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」

そしてゲツセマネの園で天の神に祈る。
血のような汗を垂らしながら。

「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、私の願いどおりではなく、御心のままに。」

そして、イエスは十字架に掛けられて死んだ。罪で苦しむ人類のために。

精一杯、理性的に説明してみよう。
(2022年に書いたものですが、今は聖書をしっかりと読み込み、集合的無意識、この考えは正しいとは思ってません。)

ユング心理学では集合的無意識という概念がある。大学時代途中から私が夢中で勉強した心理学だ。

集合的無意識の説明する前に例を出す。
エジプトでもピラミッドがあり、マヤでもピラミッドがある。どちらも紀元前に建てられたとされる。しかし、コロンブスがアメリカ大陸に到達したのは1492年だ。果たして紀元前のピラミッドの文化がアフリカからアメリカ大陸に伝える方法などあっただろうか。

また地母神というものが、どの神話にも出てくる。日本でいう土偶だ。土の像は胸の膨らみがあり、母なる大地を讃えている。しかしこれは、日本だけでなく、世界各地で見つかってる。決して交易などしてなかった時代に。ユングはこうした共通する神話の観点から人間の意識は皆、深層では繋がってるのではないかと考えた。

誰かの幸福を祈れば、その幸福は誰かに届き、誰かの不幸を呪えば、その呪いは伝播する。

そこでキリストに話を戻す。

イエスは人類のために、死んだ。
全てを生み出した神を信じ死んだ。

イエスキリストは、私たちの深層にある罪を一身に背負い込んで死んだのではないか。 それは神を裏切った原罪から来る、神に離反した罪。それを贖うために、イエスキリストはやってきた。そして成し遂げた。
だから、イエスキリスト思い祈れば、イエスキリストに繋がる。深層のつながりの意識の中で誰もがキリストと繋がっている。

これがキリストを信じれば、許され、救われるという教えの真髄ではないだろうか。

色んな宗教家、預言者はいるが、人類のために、命を捧げた人はいるだろうか。

そして忘れてはならないのは、イエスキリストは復活した。これは神がこの世を単なる不幸の産物として創ったのではなく、新たな希望を与えた象徴的出来事である。

聖書の記述を読んだ私の考えである。

これが真実であるか、確かめるのにはそれに伴う経験が必要である。

それは皆さんに委ねたい。

しかし私個人で言えばキリストの存在を、神の存在を感じ信じることができた。そして聖書に記された正しき教えも、神の言葉と感じてる。

キリストは今もなお、聖霊を与えてくれている。
キリストを信じる多くの方が良い実を結んでる。

金城先生が罪悪感から許されたように
杉原千畝さんが迫害されるユダヤ人を助けたように
中村哲さんがアフガニスタンで何十万にもの命を救ったように。

そして、福岡での9ヶ月。教会で会った様々な人々。

ただイエスキリストを信じ、その父なる神の存在を切に感じた者として、せめてもの、福音として書かせて頂きました。

皆が神様から愛されています。
何か苦しんでるときに、神様に、語りかけるように言葉を交えてくれたらと、そんな切なる願いを込めて。

最後にマタイ福音書から
イエスの言葉を一節

求めなさい。そうすれば与えられる。
探しなさい。そうすれば見つかる。
門をたたきなさい。そうすれば開かれる。
誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。
魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。
このようにあなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い者をくださるに違いない。だから人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。
これこそ律法と預言者である。

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