
「和賀英良」獄中からの手紙(49) 和賀英良、最後の手紙 【最終回】
―和賀英良、最後の手紙―
今西 栄太郎様
桜の咲く季節となりました。
引き続きご健勝のことと拝察いたします。
昨年の夏以来、体調が思わしくなく大変ご無沙汰しておりました。今年に入りまして施設の医療所のほうにて検査を受けたところ、あまり好ましくない病があるようで少し塞いでおります。
まだはっきりしたことはわかりませんが、これは「父と子の業」であるのかもしれませんし、この事実は己の力ではどうしようもございません。
さて、今までお返事はいただけておりませんが、ご一瞥いただいていることを信じております。またそうなっていただけることを願っておりました。
しかしながら、これが最後のお手紙となるような気がいたします。
この春に収容施設の窓から桜の花を愛でております。近くを走る鉄道のほうに小さな堀がありまして、その端に桜の木がございます。この季節を毎年のように心待ちしております。
桜を見るといつも記憶がよみがえるのでございます。父との放浪は数年に渡りましたが、季節の移ろいを今でもはっきりと覚えております。まことに厳しい旅でございました。

流浪の生活の中で、ささやかな楽しみを感じるときを思い出します。
それはそれは小さな出来事でございました。
<ちいさなよろこび>
厳しい冬を乗り越え、ウグイスの鳴く声で春の兆しを感じたとき。
桜吹雪が舞う道を歩いている父がそっと手を伸ばした指先に触れたとき。
道端にすみれがひっそりと紫の花をつけているとき。
村のあぜ道で痩せている子猫と出会ったとき。
その子猫の後ろに親猫が見守るように佇んでいたとき。
満月がいつもより赤く大きく感じるとき。
その月を見ながら父とウサギの餅つきのお話をするとき。
お寺さんでもらったおはぎを食すとき。
そのおはぎの味で幼い時に見た母の顔を思い出すとき。
母さま、もう亡くなられているのでしょうね。
父さまと天国で一緒に過ごしていらっしゃるのでしょうか。
母さま、自分を産んでいただいてありがとうございました。
少しの間でしたが育てていただいてありがとうございました。
幼いころ日が暮れるまで私を背負っていただいてありがとうございました。
お彼岸の日のおはぎ美味しゅうございました。
もう一度お会いしてその胸に抱いていただきたかったです。
父さま、私と共に歩んでいただきありがとうございました。
村でいじめられたときに庇っていただいてありがとうございました。
いつも「おまえは頭がええ」と言っていただきありがとうございました。
一つだけしかおにぎりが無いのに「わしはおなかがすいていない」
と言って食べさせてくれました。今思うと嘘だったのでしょう。
ありがとうございました。
もうすぐお近くにいけるかと思いますので待っていてください。
秀夫はもういろいろなことに疲れました。
このごろ体調も優れず、病気にもかかっているようです。このまま病に倒れるか、自ら命を捨てていくのかはわかりません。
先生、先生、どうしてわたしをお見捨てになったのですか?もう少し頑張ればまた自分らしい音楽も創れるのかもしれません。でもそれはもうかなわないような気がしております。
今西様、永年にわたり勝手にお手紙を差し上げ申し訳ございません。どうかどうかご容赦ください。
捜査会議の席上にて、父子放浪の様子と再会を果たせなかった経緯を署員の方々に説明したとき、涙を流してくださったと聞き及びます。
温かいお心遣い、誠にありがとうございました。
今西様、長い間ありがとうございました。
今後もどうかご自愛なさってください。
『鉄格子 愛でる桜の花吹雪 散り逝くものの 美しさかな』
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「和賀英良」獄中からの手紙 【完】
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