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「和賀英良」獄中からの手紙(22)  偶然を装った必然

―烏丸教授、藝大への道のり―

以前にも書いたように思いますが、私と烏丸教授は衆道であり「義兄弟」ともいえる男色の深い関係でした。つまりホモセクシュアルな間柄であり、私自身はバイセクシャルな傾向もございます。

先生からはベッドの中で音楽の話はもちろん、自分の生い立ちやアメリカ留学時代のお話しをよくしていただきました。

音楽の道を進む人はなにか宿命的なものを感じている人も多いとのことです。もちろん先生も私も例外ではありません。

以下は先生がなぜ東京藝術大学に進んだのか、を語った内容です。

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■ 神様の指示

先生は鹿児島市にある私立の男子校の出身で、多くの学生が東京大学をはじめとする超難関大学へ進学する、全国でも有数のカトリック系の高校でした。ちなみに先生は幼児洗礼を受けたプロテスタント系のクリスチャンです。

先生の家系は代々鹿児島大学で教鞭をとるような地元の名士で、子供のころより英語などの勉強はもちろんのこと、柔道や剣道など文武両道で育てられ、ピアノのレッスンでは小学生でありながらショパンやドビッシーを弾きこなす、まさに神童とも呼ばれる子供だったそうです。

クラスの大半は東京大学への進学を希望していて、先生もその一人だったのですが、三年になり、受験体制も佳境に入ったころ全国模試を受けたそうです。余裕で合格判定がでると確信していたところ、戻ってきた結果はこうでした。

「判定不能」……


「えっ?…判定不能ってどういうことだろう?」

びっくりして用紙を見たところ、希望する大学が「○○女子大学」「○○家政大学」などになっていたそうです。急いで事務局に電話で問い合わせたところ「それはあなたが大学のコード番号の書き込みを間違ったのではないでしょうか」という回答でした。

高校の担任にもその旨を伝えたところ、
「まあ、今回はしょうがないね、次回は良い結果が出るでしょう」
とのんびりしたコメントだったそうです。

その3か月後にまた模擬試験があって、今度は合格判定が出るだろう、と期待して結果を見たところ、またしてもこれであった。

「判定不能」……


またまた「○○女子学園」「東京女子○○大学」などになっていたそうです。
あ然とした先生は抗議に行こうと思い、憤慨しながら天文館の模試事務局に向かう途中で、急にその意味に気が付いたそうです。

こんなことが二度あるとは、これはなにかのお知らせか天啓だろう。
自分は東大に入ることしか頭になかった。でもそれはちょっと違いますよ、
と神様がおっしゃっている……そうに違いない。
だから模擬試験で何度も何度も手違いが起こるのだ。

そうだ、これは偶然ではなく必然だ。

そう閃いたあと先生は事務局に抗議に行くのを止めて、なにもせずに自宅に戻った。そして夜、家族の前で自分の決意を宣言したそうです。

「俺は音楽の道に進みます」
「本日ただいまから東京藝術大学を目指します」

後日、親族会議が開かれ、そして親戚一同が出した結論はこうだった。
それは和紙に毛筆で書かれており、本家の床の間に張り出されていた。

「当烏丸家十二代目 烏丸庄次郎長男 孝蔦を勘当とする」

「勘当」つまり親族の縁を切るという厳しいお達しだった。烏丸家の長男でありながら音楽の道に進むのならば、親子であろうとも絶縁であるとされたのです。

高校卒業後は東京に出て浪人、アルバイトで生計を立て、一年後には東京藝術大学音楽学部作曲科に入学したそうです。大学に在学中に学費などの面倒を見たのが田所家であり、学生時代に世田谷にある田所家に下宿していたのが縁だったようです。

田所家は先生がアメリカ留学する資金も供出していたようですが、詳しいことは存じ上げません。

長々と雑文にて失礼いたしました。

東京藝術大学音楽学部正門 © 2024 Ryohei Imanishi

第23話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/nfcc4dd4dc971

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