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雑記:完璧主義の緊迫

毎晩夢を見る。
起きた瞬間忘れることより、覚えていることが多い。

夢の種類はだいたい決まっている。

・遅刻する夢
・予習をしていない夢
・テスト勉強をしていないのにテストが始まる夢
・授業に遅れて授業が聞けない夢
・一年前の教科書を間違えて持ってきている夢
・高校を卒業できない夢
・大学を卒業できない夢
・漫画家やれてるし中退しようかなと思う夢

舞台はおよそ高校~大学あたりの時期に集中している。
ちなみに今私は36歳で今年37歳だ。この歳になってもまだ子供の頃の夢を見る。なお、現実世界の子供の私はこうだった。

・遅刻したことがなかった
・予習をしていた
・テスト勉強は絶対にした
・授業は最前列で必ず聞いた(後ろの席は眠くなる)
・教科書を間違えることは普通にない
・高校を卒業した
・大学を卒業した
・中退しようと思ったことはない

別に大層な理由はなくて、人に怒られるのがまず怖かったし、授業で分からないところがあって、しかもランダムに当てられたりする恐怖を感じるくらいなら予習した方が気が楽だし、テストも点が取れた方が気持ちいいし、授業中に寝ないで授業を受けていれば、ちょっと復習すれば思い出せるので、意外と家で漫画を描く自由時間が取れたというのもあるし、そういうふうにして高校を出て、大学も出て、就職して、ご縁があって漫画家に転職した。

自分ではそこまで遅刻などを恐れていた自覚はないのに、夢でじりじり真綿で首を絞められるように「失敗したパターン」を見せられ続ける。悪夢というほどではないが、やな感じの夢である。この「失敗パターン」の夢を、かれこれ10年以上、頻繁に見続けている。

こう書くとなんか治療とかした方がいい気になってきたが、落ち着こうと思う。

そういえば就活時の自己PRで、自分の長所を探し悩んだ挙句、「自分は完璧主義なので仕事をしっかりとこなします」などと抜かしていた気がする。そして、内定が出た会社の最終面接で、コワモテだが実は優しい人事部長に、すんごい怖い顔の、とっても優しい声で、「完璧主義って疲れない?」と言われて、目から鱗が落ちまくってうまく答えることができなかった。そんなことを言われると思っていなかった。いや、完璧主義は無敵だと思っていた。完璧にやれば安心できるから最強だと思っていた。そうか、疲れるのか。疲れるものか。これまでずっと私は「完璧主義」にいいイメージしか持っていなかった。
すごい気づきだった。長所と思っていたことが、時に弱みになったりしているのである。今の私の夢のように。

ちなみにこの説で行くとなんか納得できる点がある。
私は会社員時代の夢を一度も見たことがない。

一回遅刻しているからだ。

ちょうど自分の部署の上司が全員出張の日で、後輩が一人だけ出勤していた。私は寝坊して部署に直電し、女の子の後輩に「具合が悪いから病院に寄ってから出勤するって言っといて。寝坊しました」と伝えた。後輩は「OKっす、任せて下さい」と笑っていた。
まあでも、上司がいる日でも別にそこまでダメージは受けなかったと思う。私は普通に素直に謝って、そして席に着く。
会社員当時の私は、学生のころほど気を張っていなかった記憶がある。
化粧がめんどくさいのでノーメイクで季節関係なくマスクをしていたし、制服のスカートが寒いので実はこっそりオフィスチェアであぐらをかいて膝掛けで隠していたし、趣味で漫画をがっつり描く生活が板についてきていたのでよく体調を崩し、トイレによくこもっていたし、病院もよく行かせてもらっていた。どこをどう見ても「完璧主義っぽい人」とは程遠かった。
与えられた仕事はやったし、仕事というものについてもよく考えた。仕事に付加価値をつけなさいと上司に言われ、確かにそうしたい、と真剣に悩んでもいた。
だがなぜか、心はどこか大変自由であった。

社会に出るとなんとなく見える世界も広がってくる。
学校の中にいるとその中しか見えない。不思議だ。社会に出たところで会社の中しか見えないのに、心持ちは少し違うのである。
個人的に提唱したい説として、学校に通っている頃は家庭の中にいる時期でもある。子供の頃はその二つの社会で生きることで精一杯である。家から出ると自分の足でその辺(概念としての「その辺」)をうろつくようになる。だから視野が広がるのかもしれない。

さて、そんな気の抜けまくった会社員生活を送っていたためか、会社で苦しむ系の夢はこれまで見たことがない。
ということは学生生活中は知らず知らずのうちに緊迫していたのかもしれない、となんとなく思う。
これをすると怒られるからいやだ。
これができないと親に何か言われるからいやだ。
これをしておかないと成績が下がるからいやだ。
運動音痴なので勉強くらいできておきたい。

当時のマインドは多分こんな感じだった。
主旨からはそれるが「(運動とかができないから)勉強を頑張ってました、割と勉強好きでした、と言うと煙たがられる文化」にはまだいまいち納得していない。何かを好きで頑張ってたんだからいいじゃないか。ケチ。

話を戻す。

実は「漫画家やってるし中退してもいいかなあ」はここ最近になって現れてきた新概念だ。つまりちょっと現実と区別がつかない感じのめんどくさい夢になってきている。
大体夢の中では高校2,3年目、大学3年目とかで、勉強も一切やっていない状態、でも自分は漫画家で食べているという自覚がある。なので友達に「中退しようかなあ…」と相談している私。意味がわからない。

そしてところで、今の私も勉強が好きかと言われると、実は全然やりたくない。学生時代に覚えたことは全て忘れた。英単語も全部忘れた。本なんか全然読む気が出ない。退化している。あんなに誇らしく感じていた「勉強」、当時は取り組んでいたから好きだったが、離れてみると別に好きではない。なんだ、私もう好きではないのか、勉強。
もう好きでないものを、その思いのままにやっていない状態で場面が始まるから、こういう夢が怨霊のようにつきまとうのかもしれない。

思えば夢の中の自分はいつも、勉強がわからない、教科書がない、どうしよう、これを悟られてはいけない、と常に焦っている。
今度からは、もう勉強したくない、当時勉強は充分やった、さっさと中退しよう、漫画家だし、起きよう。と明晰夢的に乗り越えてみたいものだ。できるのであれば。


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