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不登校日記①

不登校児とその保護者としての日々が始まったのは2年前2021年9月から。
夏休み明けにとにかく行きたくないむすこ。

マイノリティには理解のあるつもりだった自分、不登校にも理解ある最適解をできると謎の自負があった自分。数年前から学びを始めていたコーチングのおかげできっと以前よりはこどもの言葉に傾聴できるはずだった。

全然だめ。わが子のことになると、目の前でことが起こると、それまでの自分の思いとは裏腹な言葉、態度が飛び出して、こうできるはず、だった理解ある親とは全然違うことが起こった。

こどもが学校に行かないという行動には一旦OKを出したものの、自分の中で想定以上に全く受け入れておらず、非言語の部分でずいぶんとこどもを責めたてることをしたと思う。

初期のころはとにかくこどもの居場所(家庭以外、引きこもらせてはいけない)探しと、学習方法の模索と、保護者の方・専門家のなにか安心できる言葉や体験談探しに躍起になり、「不登校でも大丈夫」系の書籍を睡眠時間を削って泣きながら読み漁り、不安から逃れるために過食をして。ととにかく自分が混乱していた。落ち込んでいた。

不登校からお子さんが復学した方、フリースクールに行けているお子さん、小学生で起業したお子さん、家庭学習ができているお子さん、何を見ても「うちはダメな方なんだ。」と感じた。学校は、とにかく学校に来ることに重きを置いており不登校開始初期の親子のメンタルケアはなかった。SCさんも良い人ではあったけれど、とにかく関わろうとしてくる人で、当時はそれがありがいと思っていたけど。今になると、グイグイ来なくてもかかわりが切れない程度で見守ってくれても良かったのかも。

ただ、グイグイ行って背中を押せば好転する子もいるだろうから本当に難しい。

当時の担任の先生への信頼は無い。正直、担任が誰でも不登校になったかもな、と今は思うけれど、とどめを刺されたのでは?とは感じている。こどもの顔を見に家庭訪問にきて、最近どんなことしてる?とか体調とか、色々聞くことあるだろうに最初にすることが「この紙を年度終わりにみんな書かないといけないから書いて」

学校や先生に負担させるつもりはない。でもね。邪魔しないでほしい。ととても腹立たしく感じたことを覚えている。

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