青春は、時に盲目で、時に全てでもあり、時に、切り抜いた思い出の、鮮やかなる1ページとなる。3

冬は、小さな幸せが、ギュッとつまった季節だと思う。

自動販売機には、温かい飲み物が追加され、僕の大好きなお汁粉の容器も、隅っこの方に小さく置かれるようになる。

機械に小銭を入れた瞬間に鳴る、あのガコガコ、という音も、小銭がお金と認識されずに返却口に流れ返された時の、ちょっとした気だるさも、今やICカードの参入により、あまり見かけない光景となった。

便利な世の中になったものだ、と感心しつつも、それを少し寂しいと思うのは、僕の感受性が少し昭和寄りだからかもしれない。

落ちてきたお汁粉の缶を自販機から取り出すと、かじかんだ手に、缶の熱がじんわりと伝わってくる。

カシュッとステイオンタブを開けると、お汁粉の甘い風味が、ふわりと鼻をくすぐった。

何とも言えない、餡子の甘ったるい風味と、どこか懐かしい香り。

懐かしいと思うのは、僕の実家が、年始には必ず餡餅雑煮を作っているからかもしれない。

一口飲めば、とろりとした液体が、身体を芯まで温めるように、流れ込んでくる。


「あっつ……」


まだ熱々の液体は、僕の舌を刺激する。ひりひりとした感覚が、冷めた体には妙に心地よかった。

寒いところで飲む温かいものは、なぜこうも染み入って来るのか。コタツの中で食べるアイスが最高なのも、恐らく同じ原理だろう。


「幸せだ……」


ポツリと呟いた言葉は、ホット吐いた白い息と共に、宙を舞って消えて行った。


「ジジイみたいだな」


左隣から、同級生が話しかけてきた。

「なんだ、居たんだったら声かけろよ」

先程の呟きが聞こえていたのか定かではなかったが、照れ隠しのように男をジロッと睨む。


「自販機でなんか買ってんの、教室から見えた」


そう言うと、男も自販機の前に立ち、ICカードをかざして飲み物を買ってきた。

いつも男が飲んでいる、ブラックコーヒー。

甘党の僕とは、縁のない飲み物だ。


「よくそんな苦いもん飲めるよな……」


ウゲェ……という顔をしながら、男に言う。


「その言葉、そのまま返すよ。よくそんな甘いもん飲めるよな……糖尿病になっちまう」

「カフェイン中毒よりマシだ」


なんて、他愛もない話をしながら、二人同じ方向を向いて、温かい飲み物を一口、喉に流し込む。

部活動で居残っている生徒が、まだちらほらと学校へ残っているのか、微かに笑い声や、トランペットを練習する音、運動部の掛け声などが、校舎に響いていた。

かくゆう僕たちも、美術部の部活動で居残っていた生徒の一人だ。


「なぁ、今度のコンクールで賞とったらさ」


いつにも増して神妙な声色で話をするから、あったまっていた空気に、ひやりとした冷気が戻って来る。

隣を見ると、男はこちらを向きながら、大きく吸い込んだ息を、吐きだすように言葉を繋いだ。


「告白しようと思う」


一瞬、発せられた言葉の意味の理解に、思考が追い付かなかった。

こくはく、しようと、おもう。


「ええ!?誰に!?」


まさか僕!?と思い、無意識に自分の方へと人差し指を突き立てる。

その僕の行動に、焦ったような顔を浮かべた目の前の男は、その人差し指をへし折るように、僕の手を掴んできた。


「ばっか違うっつの!」


それはそうだ。

もしそんなことがあってしまえば、最近女子が密かに学校へ持ってきて、交換し合いっこしている、≪ボーイズラブ≫という作品の、リアル当事者になってしまうところだ。

話を聞くところ、相手は、同じ部活動で一学年下の、女子学生らしい。

たしかに、僕もちらっと話をしたことがあるが、裏表のなさそうな、いい子だったと記憶している。


「へぇ~?いいんじゃん?」


ニヤニヤと、からかうようにワントーン声を上げた。

単純に、この恋の行く末が気になる。と共に、それを打ち明けてくれたことが嬉しくて、僕の中での照れ隠しのようなものもあった。


「お前……からかってんじゃん」


暗がりの中でも分かるくらい、男の顔が、ポッ、と顔が赤みを帯びているのは、寒さのせいだけではないはず。

男も場を持たせるように、ぐいっとコーヒーを喉に流し込む。


「からかってないって!じゃあなおさら頑張んないとな!でも、負けてやらんぞ?」


「ちぇっ、相変わらず甘くないねー、お前。甘党のくせに」

「上手いこというんじゃない」


そう言って笑いながら、男と一緒に、僕も余っていたお汁粉を一気に飲み干す。

もう冷えてぬるくなっていたお汁粉は、熱さで舌を刺激することはなく、優しい甘さで僕を満たした。

また一つ、幸せが募って重なる。

ひとつひとつの小さな幸せを、一粒も、もらすことなく包み込めるように。

冬は、小さな幸せに気づかせてくれる、繊細で、優しい季節だ。


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