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盆踊り世界選手権2024 【小説】

2024年、8月。パリ、コンコルド広場


小松菜たべる(男・32歳・A型・小松菜県小松菜市出身・犬好き):いやあ、ついにやって来たな。コンコルド広場。厳しい練習の甲斐かいあって、僕は「盆踊り世界選手権2024」の日本代表に選ばれたのだ! いやあ努力してきてよかったなあぁ。ってあれ。会場には観客席やテントがあるけど、人がいない。どうなっているんだ……。おい、通訳のジャン! 教えてくれ!


ジャン(通訳・33歳・O型・かに座):ムッシュウ。怒らないでください。実はつい先日までここでは「オリンピック」なるものが開かれていたのです。私たちは深夜の、人のいない、ほんの数時間を使って、競技をおこなうんですよ。そこしか予約が取れなかったんです。


たべる:なんと! どうして「盆踊り世界選手権」なるものがそんなにマイナーな扱いなんだ! 僕はてっきりフランス美人に囲まれるものと思って、ずっと飛行機でニヤニヤしていたのに……。


ジャン:ニヤニヤしぞんですな。実はこっちでは盆踊りはまだまだマイナーなのです。なにしろキリスト教の国ですからね。毎年お盆にご先祖が帰ってくるなんていう話は……人々は信じられないんですよ。


たべる:それは「信じる」とか「信じない」とか以前●●の問題じゃないか? 君だって知っているはずだ。だって岐阜県各務原かかみがはら市にホームステイしていたんだからな。あそこだってお盆はあったはずだ。お盆になると迎え火をくんだ。そうするとご先祖様がウホウホとやって来る。僕は小さい頃からその場面を目撃してきたんだ!


ジャン:迎え火は見ましたけどね……幽霊は見えなかったな。夏祭りは楽しかったですが。女の子たちも可愛かったし。くじ引きはハズレばかりでしたが……。さて……ほら、各国の代表団が見えましたよ。ぞろぞろとやって来る。審査員もちゃんといますね。この、広場の隅っこでやるらしいですよ。そうそう。そこから出ちゃダメですよ。それ以上の許可はもらっていないので。


たべる:ムキー! どうしてこんなに扱いが雑なんだ。しかも飛行機だってホテルだって自腹じゃないか! ただでさえ円安なのに……。僕は必死でカラオケボックスでバイトしていたんだ。大声でわめくおじさんと格闘しながら。寝る暇も惜しんで……。


ジャン:でもここまで来たじゃないですか! 諦めちゃダメです。ここであなたの実力を発揮すれば、きっと世界に盆踊りの魅力が伝わりますよ。あ、ライトが点いた。なんて安っぽいライトなんだ。その下にタキシードを着た司会者がいるぞ。ええと……一番手はアルゼンチン。情熱的なタンゴを踊りますだって。


たべる:タンゴは盆踊りじゃないじゃないか! まさか審査員はそれに点数を与えたりは……。


ジャン:当然点数はつきますよ。国際基準ですからね。日本が発祥だからって、日本の好きなようにはさせないと会長が言っていました。会長はフランス人ですが。


たべる:くそっ! 仕方ない。ここで邪魔に入ったりしたら失格だからな。我慢して見ていよう。


情熱的な音楽。総勢30名ほどのアルゼンチン代表が踊る。いつの間にか観客がやって来ている。暗くてよく見えないが……。五分ほどの演技が終了。審査員が点数を出す。8点、8点、9点、8点、8点(あと二人、10点と7点を出した審査員がいたが、最高点と最低点はそれぞれカットされる)、合計41点! アルゼンチン代表満足したように帰っていく。


ジャン:なかなかの高評価ですね。


たべる:あれは完全にタンゴだろう。まったく。というかなんであんなに人数がいるんだ? こっちは一人なのに。


ジャン:日本の真剣な盆踊りダンサーたちは地元で本物の盆踊りを踊っているので、呼んでも来なかったんですよ。だからあなたが呼ばれたんです。一番暇そうだったから。


たべる:僕だって地元の小松菜県で盆踊りを踊りたいのはやまやまだったのに、我慢してこんな場所まで……。


ジャン:あ、次はハワイ代表ですよ。フラダンスだ! いいなあ……。


たべる:フラダンスはフラダンスじゃないか!


ハワイ代表、総勢20名ほど。ゆらりとしたダンスを踊る。合計42点!


ジャン:あれもなかなかいいですね。あ、次は地元フランスだ。


たべる:フランスは盆踊りを踊るんだろうな。あ、本当に日本風の衣装を着ている。手ぬぐいを頭に巻いて、ざる●●をかぶっている! 鼻には穴の空いた古い硬貨が! あれは完璧な「どじょうすくい」だ。背の高い白人なのに、完璧に踊りをマスターしている! 音楽は安来やすぎぶし。いやあ、これはゾクゾクするぞ。敵ながらあっぱれだ!


ジャン:まるで本当にどじょうをすくっているみたいだ! ブラボー!


音楽が終わる。演者一礼する。審査員、得点を出す。0点、0点、2点、2点、0点(最高点3点と、最低点0点はカット)。合計4点!


たべる:4点だって? あの素晴らしい踊りが? たしかに盆踊りではないが……それはタンゴやフラダンスも一緒じゃないか! どうなっているんだ? ジャン、訊いてきてくれ!


ジャン:仕方ないな。特別料金頂きますよ(そう言って走っていく。フランス人の審査員に話を聞く。戻ってくる)。ちゃんとルールブックにのっとって採点しているそうです。盆踊り的な動きがほとんどなかったためにこの点数になったと。プラス、あまりにも伝統的すぎて、独創性がない。技術的にも単調だった、とのことです。


たべる:いや、まったく不可解だ。僕はだんだん腹が立ってきたぞ。


ジャン:次はドイツ代表の二人組だ! あ、あんなに背が高いのに、ロボットダンスを完璧にシンクロさせている。音楽も素晴らしい!


ドイツ代表、47点!


たべる:あれはロボットダンスじゃないか! どこが……。あ! さっきの選手の一人の頭から煙が……。もう一人の選手のお尻からコードが出ているぞ! エンジニアが必死で直している。あれは本物のロボットじゃないか? いいのか? ロボットが出ても?


ジャン:(スマホを耳に当てながら)今ネット中継の解説者の言葉を聞いていたんですがね、80%を国内で作っていればセーフだそうです。つまり国内で組み立てていれば、ということですね。材料はどこのものでもいいらしい。


たべる:ドイツの技術力はすごいが……しかしあれは人間じゃない。あ! いよいよ次が日本代表だ。僕の出番だ!


ジャン:……と思ったら、とある大手自動車メーカーが作った人型ロボットが五体、一糸乱れぬ動きでブレイクダンスを踊っている。ひゅう! すごいぞ! 音楽も最高だ! あんなに回転できるなんて! 目が回っちまう!


たべる:違う! それは日本代表じゃない! 日本代表はこの俺だ!(そのまま突っ込んでいってロボット5体をドロップキックや、モンゴリアンチョップでノックアウトする。審査員たちはこれも踊りの一部だと勘違いして凝視している。音楽が止まる) ジャン! 盆踊りだ! 盆踊りを流せ!


ジャン:分かりましたよ。はいはい(音響担当のところに行き、自分のスマホをつなぐ。そこからは間違えてハードロックが流れる)


たべる:これじゃない。これは盆踊りじゃ……。いや、でも今のすさんだ僕の気持ちにピッタリだ。ああ、身体が自然に動くぞ。頭を振り回せ! そうだ、広義の盆踊りとはこういうものなんだ。自分を自由にするための踊りなんだ。肉体は揺れ、魂はこの世とあの世を行ったり来たりする。ご先祖様と踊ろうぜ! イヤッッッホウ! イヤッッッホウ! 魂を揺らせ! ギターを掻き鳴らせ!(エアギターを披露する。各国代表、何事かと思い、目を奪われる)


ジャン:神がかっている……。ただのおバカさんだと思っていたが、本当に才能があったんだ。あれは普通の人間では耐えられない。理性が完全に飛んでしまっている。いやあ、すごいものを見ている。神が降臨したと言っても過言ではない……。


たべる、激しく頭を振り回す。そのうち頭から火が出てくる。修理を終えたドイツ代表のロボットがなぜか参戦してくる。彼らはものすごいスピードでロボットダンスを踊る。フランス代表がやって来て、ものすごい速さでどじょうすくいを踊る。審査員たちが突然立ち上がり、服を脱いで踊り始める。カオスだ! カオスがやって来たのだ!


ジャン:僕もこのままじゃいられない。踊らなくちゃ! 服を脱ぐんだ、ジャン。お前は人間ではない。どじょうなのだ! いや、違う。どじょうじゃない。俺は……インゲンだ! インゲン豆なのだ!


各国代表、入り乱れる。そのときホイッスルが鳴り響く。パリ市警がやって来て、契約時間が終わったことを告げたのだ。音楽が止まる。みんな我に返る。裸になっていた者は急いで服を着る。みんな自分の点数を忘れていたので、ルーレットで優勝者を決めることにする。会長のスマホの画面をみんなで見つめる。優勝は……ダダン! スロベニア代表! 日付を間違えてこの日は来ていなかったのだが、誰も気付いていない。表彰式をやる時間もなかったので、後日オンラインで配信されるとのことだった。たべるはエネルギーを使い果たし、しおれた小松菜のようになって、地面に突っ伏している。そこにフランス代表の男がやって来る。


フランス代表の男:ムッシュウ。ヘイ! あなたは最高でしたよ。クレイジーだった。メダルなんか要らないじゃないですか? 僕は盆踊り、好きですね。来年も一緒に踊りましょう!


たべる:(顔だけ上げて)ああ、何かフランス語で言っているが、僕には理解できない。僕はウズベキスタン語なら完璧に理解できるんだが……。ジャン。ジャン! 彼は何と言っているんだ?


ジャン:(パンツ一丁になって)あ! 今我に返った。ついさっきまでインゲンになった夢を見ていた。僕はインゲン豆ダンスを踊り……。ああ、たべるさん。どうして寝転んでいるんですか?


たべる:エネルギーを使い果たしたんだ……。しかしルーレットで優勝者を決めるんなら、最初から踊る必要なかったじゃないか? というかスロベニア代表いたか?


ジャン:(フランス代表の男と話をして)うんうん。なるほど……。たべるさん。彼は言っていますよ。ここから何か学べることがあるはずだって。そう、形にならないものが大事なんだって。


たべる:僕は金が欲しいんだ。またバイト生活は嫌だよう。


ジャン:実家に帰って小松菜農家を継げばいいじゃないですか? 小松菜県は小松菜の名産地だし。ほかに何があるのか分かりませんが。


たべる:あそこは因習に縛られた土地だ。盆踊り以外良いことなんかありはしないんだ。みんな監視されている! ファッションだって決まっているんだよ。白以外の靴下を履くと懲役5年だぜ? そんな県が今さらどこにあるんだ? 何をするにも賄賂だ。県庁は腐っている。警察もだ!


ジャン:(フランス代表の男と話をして)うんうん。なるほど。彼は言っていますよ。あなたが帰って「地の塩」となるべきだって。腐敗を止めるのはあなただけだって。


たべる:しかしそんな……。僕にそんなことが……。


ジャン:あなたにはできますよ。昨日のあの踊りを見れば分かります。会場中みんなのタガを外してしまったんですから。ねえ、次の県知事選挙に立候補しましょう! 僕も応援します! もちろんお給料は頂きますが。


たべる:そうか。県知事選挙か……。その手があったな。しかし今の知事はもう50年も現職に就いている。ほかの候補者は謎の死を遂げているんだ。突然がけから落ちたり、謎の病気にかかったり、スカイダイビングをしている最中に行方不明になったり……。怪しいぞ……。


ジャン:いい案がある。あのドイツ代表の二人を連れて行きましょう。あなたのボディーガードにするんです。ちょっと訊いてきますね(ドイツ代表のエンジニアのところに行き、何やら交渉している。戻ってくる。頭を振っている)。いやあ、高いなあ。どうも二台で200万ユーロくらいするらしいです。どうしますか? 銀行強盗でもしますか?


たべる:やはりまたカラオケボックスでバイトかあ……。


フランス代表の男、近付いてきて小切手を渡す。そこには「200万ユーロ」と書いてある!


たべる:これは……。いったい?


ジャン:(フランス代表の男と話をして)ふむふむ。なるほど……。彼は株で大儲けした億万長者らしいですよ。これくらいは彼のポケットマネー同然だそうです。あまりにも人生に退屈しているときに、ふとネットで「どじょうすくい」を発見して、それにのめり込んだんだそうです。いやあ、人生というのは分からない。早速これであのドイツ代表を買ってきましょう! 大丈夫。僕がプログラムして、あなたに危害を加えようとする者は片っ端からロボットパンチでやっつけるようにしましょう。いやあ、楽しみだなあ。知事、公約は?


たべる:それはもちろん……みんなが平和で、生き生きと……。


ジャン:ノンノン。それじゃああまりにも月並みですよ。なんというか、パンチがないんだよなあ……。


たべる:じゃあこれは? 「お前らの魂を揺らしちゃうんだぜベイベー!」


ジャン:最高だ! あなたはセンスがある! ところで掲示板をジャックするってのはどうですか? 出資者を集めて、金を出した人に自由に掲示板を使ってもらうんです。なに、簡単ですよ。当選する気のない候補者を乱立すればいいんです。彼らの供託金をこちらで肩代わりしましょう。そうすれば目立ちたがり屋がいっぱいきますよ。いやあ、政見放送が楽しみだなあ。


たべる:それはモラルとしてどうなんだろう……。ジャン、ここは正々堂々と行こうじゃないか。駅前で街頭演説だ! そこでこのドイツ代表と一緒に踊ろう!


フランス代表の男:私も行きます。そしてそれについてドキュメンタリー映画を作ろう。当選しても落ちても面白くなるぞ。退屈な人生がこの男のおかげで好転しそうだ。神は不思議な悪戯いたずらをなさる。


ジャン:神はさまざまな形を持っておられる、と僕のホームステイ先の各務原かかみがはら市のお婆さんが言っていましたよ。彼女は80歳になってもウェイトリフティングをやっている、スーパーおばあさんでしたが。いずれにせよ、出発しなければなりませんな。たべるさん! お金がないから、空港まで徒歩ですよ!


たべる:杜甫とほ? いや、徒歩だって! まさか。僕は走るぞ! おなかペコペコだけど、そんなこと気にしてられるか! 踊りながら走るんだ! ほら、ドイツ代表、ついて来い!


ドイツ代表の二人、足の裏から車輪を出して走り始める。


ドイツ代表:ワタシハ、ハヤイ。ワタシハ、ハヤイ……。


たべる:あ、速すぎる! 背中に乗せてもらえばよかった! ほら、待ってくれ……。


フランス代表の男:近くに運転手付きの車があります。私たちはそれに乗って行きましょう。


ジャン:それがいいですね。ところで途中で朝食を……。


フランス代表の男:もちろんです。何を食べますか?


ジャン:クロワッサンと、鳴門なると金時きんときと、あとはカジキのステーキと、馬刺と、それから……。


フランス代表の男:大丈夫大丈夫。全部用意させますよ。ハッハ。しかしあれは面白い男ですね。頭は弱いが、純粋だ。なかなかいない。


ジャン:日本でも例外的な存在ですよ。僕もたまたま見つけたんです。カラオケボックスで二日間歌い続けていたら、いつの間にか僕のマイクを乗っ取っていてね……。


フランス代表の男:ところでカメラマンをやらないか? 彼にバレないように撮影するんだ。あの男のやることなすこと全部ね。もし現職の知事に殺されても我々は儲けられる。どうだいこの話は?


ジャン:何パーセント頂けるのでしょうか……。


話は尽きませんが、そろそろ時間がもったいないので終わりとします。県知事選挙はどうなるのか? そもそもたべるはシャルル・ド・ゴール空港に辿り着けるのか? ドイツ代表のバッテリーは破裂しないのか? 小松菜県は何地方にあるのか? 謎が謎を呼ぶ急展開。続きはまた後日。以上、現地からリポートでした!

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