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【短編小説】雪女−episode4−

−episode4−永遠

よしのはやはり幽霊だった。生きてはいなかった。

自分の意思があり、意識があり、言葉を話し、微笑むよしのを”生きていない”と表現してしまうのは違和感しかないしどこか悲しい。

しかし、この世界において物体としての身体がなく、基本的には他者から認識されないというその状態を世間では”生きていない”、”死んでいる”と表現するのだ。

このルールに従って言うのであれば

僕も”生きて”いなかった。”死んで”いた。

それではこれから、僕がしていた一つの勘違いを紐解いていくとしよう。

まずよしのについて。よしのについての僕の推測は概ね正解だった。

よしのはすでに亡くなった人物で、僕がこれまで同じ時間を過ごしてきたよしのはいわゆる幽霊だ。

では、いつ亡くなった人物なのか。僕は1年前の12月、よしのを駅で見かけるようになったタイミングだと思っていた。

まずそこが間違いだったのだ。よしのは10年以上も前にこの駅で命を絶った人物だった。

よしのが通う学校名を聞いてもピンとこなかったのも、今その学校は存在していないからだ。

よしのは突如現れたのではなく、僕が認識する前からずっとそこにいたのだ。見た目は年相応な割に中身が大人なのも頷ける。何処か寂しげな表情をしていたのも。

ずっとこの静かな駅に、誰にも認識される事なく一人で居たのだから。

ではなぜ霊感もなかった僕が去年の12月、急によしのを認識できるようになったのか。

それは単純に僕も死んだからだ。

つまり線路脇に置かれた花束はよしのに向けてのものではなく、僕に向けてのものだった。

僕が花束の話をしようとした時、よしのが悲しそうな顔を見せたのは僕を気遣っての事だったのだ。自分が死んでいることにも気づかずに、東京の大学に行こうと思っているという話を切り出した時よしのが泣き出しそうだったのも、つまりはそういう事だ。

それまで進路の話など、これから先の話など話題にあがらなかったのだから、僕が”死んでいるということに気付いていない”という事態をよしのも確信してはいなかった。

確信していたとしてもそれを伝える役割を彼女に押し付けるのは酷だろう。結果としてよしのに押し付けてしまったようなものなのだが。

僕は去年の12月のある日、電車が到着するギリギリに駅に着いた。慌てていた僕は積もっていた雪で足を滑らせ、そのまま電車に轢かれた。

なんとあっけない死なのだろうか。

まあ、人間の死なんてものは思っている程劇的ではなく、案外こんなものなのかもしれない。

それにしてもだ。僕が死んでよしのを認識するようになるまでの間、いや、”間”と一言で簡単に片付けてしまえるような期間ではないであろう十数年もの時を、一体よしのはどんな気持ちで一人過ごしたのだろうか。

一年前の4月、高校に入学してこの駅を利用するようになった生きていた頃の僕を、よしのを見る事ができなかった僕を見て何を感じたのだろうか。

きっとその頃もよしのは一人でただ静かに本を読んでいたのだろう。

よしのの中にある圧倒的な孤独を、圧倒的な時間を、僕は埋めてあげたいと思った。

幸い僕には時間があるのだ。永遠と言ってもいい程に。


『生きた人間と幽霊の恋の結末など容易に想像が付く』などと言っておきながら、いざ紐解いてみればこの物語は最初から”生きてない”者同士の恋の物語だったのだ。

恋愛小説だというのに最初から最後まで一貫して寂れた駅での描写しか無かったのもなるほど頷ける。僕たちはずっと駅に居たのだから。

最初はこの事実というか真実に戸惑ったが、今は全てを受け入れている。

告白をしたあの日のように、今日も二人で雪を眺めているとよしのが言った。

『ゆっきー覚えてる?初めて話した時の事。いきなり私に「雪女かい?」って聞いてきたんだよ?』

時間も音も無い真っ白な世界に、二人の笑い声だけが響いた。

辺りには今にも雪女が現れそうな程の雪が静かに、そしてゆっくりと降りしきっている。


−end−

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