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【短編小説】雪女−episode1−

−prologue1−雪女

『雪女みたいだ。』

目の前の彼女とその奥の窓から見える風景が合わさって、僕にこのようななんの捻りも無い感想を抱かせた。

この場合の『雪女みたいだ』というのはもちろん、恐ろしいといった意味合いではなく『美しく、儚く、繊細だ』という意味だ。

これまで僕が全ての季節を通して彼女を駅で見かけていたのであれば、きっと僕はこのような感想は抱かなかったと思う。

彼女はこの冬になって突如現れたのだ。

去年の12月中ばだっただろうか。僕が駅で目を覚すと彼女がいた。

普段この駅で人に会うことがなかった僕は驚いて口を開けたまま彼女を見つめていた。僕の視線に気がついた彼女はこちらに視線をやると、何も言わず優しく微笑んだ。

それからというもの、僕がうたた寝から目を覚すと、必ず向かいのベンチには彼女がいた。

あれから一ヶ月程経ったのだがまだ僕は一度も彼女と話したことがない。

これだけ何度も同じ空間で鉢合わせ、お互い無言ではあったが同じ時間を過ごしているのだ。いつからか僕は『彼女と話してみたい』そう思うようになっていた。

しかし、コミュニケーション能力が高いとはいえない僕は、まずなんと声をかけたらよいのかと考えあぐねていた。

これ以上期間が開けば開く程に話しかけづらくなる。そう思った僕は思い切って言葉を絞り出してみた。

『いつも会うね。君は雪女かい?』

思い切って絞り出した言葉がそれだった。僕は降りしきる雪の一部になって溶けて消えてしまいたかった。

しかし、思いの外彼女の反応は良かった。

『ふふ、あなた面白いのね。残念だけど私は雪女じゃないわ。あなたと同じ高校生。』そう言って彼女はあの日のように優しく微笑んだ。

その後の会話からやはり彼女は市内の別の高校に通っていて、名前はよしの、歳は僕の一つ上の高校二年生であることがわかった。

年上ではあるが呼び捨てタメ口で良いというので、僕はそのままよしのと呼ぶことにした。

通っているという高校名は聞いたことがなかったし、着ている制服にも他に見覚えが無かった。少しだけ気にはなったが、そんなことよりも今はよしのと話せるようになったことが嬉しかった。

まだやっと会話ができるようになったばかりだというのに、途中まで一緒に電車に乗って通学したり、学校終わりに待ち合わせをしてどこかに遊びに行ったりといった妄想をしてしまう。

『明日はどんな話をしようか。』

いつしか彼女と話をすることが僕の楽しみになっていた。

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