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人間/人体のふしぎ

以前このような記事を書いた。
オリンピックよりパラリンピックを観てみたいと言う内容と
ツールによる人間の可能性の拡張の話。

連日、バッティングセンターに行ってみて思ったこと、気づいたことがある。
人間は動物や様々な類人猿に比べて道具を駆使することで脳みそや能力の可能性を拡張してきた。と言われていたりする。

バッティングセンターで気づいたこと

ボクは野球の経験者ではないし、運動神経がずば抜けて良いわけではない。
(が、悪くもない。普通より良いかもしれない笑)
日常的にバットを振り回してもいない。

バッティングセンターの打席に立ちボクはふと思ったのだ、気づいたのだ。

前方に視線を向け前方から飛んでくるボールに注視し、自分の持つバット付近の到達点を予測し、そこに合わせバットを振り、そのバットをそこに向け振る。しかもタイミングを合わせるのだ。

ボールが飛び出て到達点に達する数秒の瞬間で行っている。
(書き漏れがあると思うw)

テキスト化してみたり思考化してみると案外すごいことをしていたり、
できていないときに何が足りなかったり、問題であるかが理解ができる。

道具(ツール)を活用する中でふと気づかぬ中に、当たり前と思っている行動の中で思っている以上に(理解している以上に)すごいことをしている。
野球が得意な人であればすごいで済まさずに事細かくテキスト化、言語化できるのだろう。
事象の解像度を上げ、理解の質や思考の質を高めることは良いことであるし、とても楽しい。

今日は短めに
この話はこんなところで

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