【解離性障害】大人になってから友達ができるということ
※ このお話は事実を元にしたフィクションです。
人間が嫌い
私は SIer でシステムエンジニア(という名の何でも屋)をしている。未経験中途から入って1年くらい経つだろうか?まだまだ何の技術も身についていない若輩者だ。
2〜3件いろんな現場を回って、少し IT 業界にも慣れてきたところ。とはいえまだまだプログラマーとしてはなんの能力もないけれど...
今日はまた新しい現場に行った。新しい現場は、不安が多い。
私はただでさえミスすることが多いし、仕事の要領も悪いし、どの現場でもそれとなーく過ごして2〜3ヶ月くらい経つところで「あぁもうこの現場やめたい... 人間と関わらない仕事がしたい...」と思うようになる。要は社会不適合なんだ。
私の社会不適合感は普通の人のそれではない。じつは「障害」のラベルもついている。
私は解離性同一性障害だ。
普段はそれを隠しながら仕事をしている。
私の場合、仕事をしているときは正気を保っていられるし、解離する回数は週に2〜3回くらいで、ふとした瞬間気が抜けたときにそれが起こる。
解離する直前は、離人症がひどくなって、なんとなく解離しそうだ、やばい、ということがわかる。そして空白の時間が訪れ、目が覚めた後は何が起こっていたのかわからない恐怖。そして頭痛。
社会人になってからある程度は慣れたけど、いまだに朝の通勤ラッシュとかで解離しそうになり、体調不良のため今日は有休をいただきます... という情けないメールを会社に送ることになる。
そんなこんなで、大人になってからもよく周りの人に迷惑をかけ続け、人間関係というものが嫌いになっていた。
職場で仲のいい人もなかなかできず、プライベートで気軽に遊べるような友達もいない。休日にやることといえば一人でできる趣味を謳歌する。
大人になってから、友達なんて一向にできる気配がなかった。そのことに対して、若干の寂しさはあれど、人と関わることに対する抵抗感のほうが強かった。人間と向き合わなければいけない時間は、仕事中だけでもうこりごり...
大人になってからの「友達」なんて幻想だ
新しい職場のプロパーさん
SIer なので、私は新しい現場では「派遣さん」だ。
同じ空間で、同じ仕事をするけれど、プロパーさん(その会社の社員)と派遣さんとでは、微妙な見えない溝がある。
プロパーさんに気に入られないとなぜか自分の評価が下がるし、評価が下がるのは給与にダイレクトに影響する。つまり、コミュニケーションが上手な人ほど昇給する(私はこの会社に入ってから、自分の昇給は諦めた笑)
新しい現場は、全体的に女性のほうが多かった。
直属の上司は男性だけれど、仕事で関わる人はほとんど女性。
「初めまして、今日から入場した〇〇と申します。」
いつも通りの笑顔で一緒に働く人たちにご挨拶。うん、きっとみんなは私が普通の人だと思っている。そんな笑顔で迎えられた。
隣に座るプロパーの女性にも挨拶した。
ショートカットで、レギンスにホットパンツに T シャツ。全然エンジニアって感じじゃなく、雰囲気はなんかデザイナーって感じ。体がしなやかそうで、なんだか、高橋留美子の書く絵みたいな女の子だった。
「初めまして!新道未羽です。よろしくね!」
笑顔で挨拶。あ、この人笑うとちょっとクアッカワラビーに似てるな。
コミュニケーションにおけるオタクのふるまい
私の持論だが、「オタクだからコミュ障になる」のではなく、「コミュ障だからオタクっぽくふるまう」のだと思う。
オタクでもコミュニケーションの上手な人はいる。しかし、コミュ障の人は基本的に人と雑談するのが苦手だ。会話がもたない。何を話せば良いのか分からなくなり、最終的に天気の話をし出す。
会話がもたないときの手段として「あるコンテンツについて話す」というのがあり、私はよくこの方法で雑談を乗り切っている笑
普段は自分からあまり積極的に話さないが、新道さんの職場の自己紹介を聞いて、私は心の中で「これはいける!」と思った。
「新道未羽です!前はヨガのインストラクターをしてました。今はシステム部でサポートをやっています。趣味はアニメと漫画で、庵野秀明監督の作品とか、セーラームーンとか、ナルトとか好きです。ゲームは FF が好きです!」
私はコミュ障ではあるけれど、話題さえあればいくらでも話すことができる。ナルトもエヴァもチェック済みだ!しかもそんな人が隣の席とはラッキーだ。
休憩中にちょっと話しかけてみると、すごいキラキラした笑顔で答えてくれた。
植松伸夫の音楽も好きなこと、最近読んでる漫画、自分は宮崎駿が好きなのであって、ジブリが好きなわけではない、そこを混同している人が多すぎるみたいな話とか(わかる)
とても堂々と話すのでこの人はコミュ障ではない。しかしオタクだ。コミュニケーションのできるオタクだ。
この人とは、話していて気持ちが楽だなぁと思いながら入場1日目が終わった。良い現場に入ったな、と帰り道に思った。
信頼できる...?
次の日。
新しい仕事を覚えつつ、なるべくミスしないようドメイン知識をつめこむべく頑張っていた。
「ねぇ、お昼一緒に食べない?!」
新道さんが誘ってくれたので、喜んでお昼を一緒に食べた。
話の種には事欠かない。前はどんな風に働いていたか、大学の頃の話とか、漫画の話。
話していて、少なくとも口は堅そうな人だなぁ。と感じた。自分の考えをしっかり持っているし、相手のことも尊重してくれる。
過去の話をするときに、「実は、私、あんまり人には言わないけれど病気なんです」とポロッと言ってしまった。
今の会社で働いてから、一度も解離のことを口にしたことはない。けれど、自然に口から出てしまった。
そこまで言ったら誰でも気になるもの。
「ええっ、何の病気?」
「いや、体の病気というより精神病で... あ、迷惑はかけない系のやつのつもりです!」
「いやいや気になる!」
「うーん、マイナーな病気だから知らないかも... 」
「えー!なんだろ?」
「解離性障害っていうやつで...」
「うーん?あんまよく知らないな... どういうやつなの?」
「あー、なんか記憶が途切れて途中でなくなっちゃうやつです... お酒のんで記憶をなくすみたいなやつの、精神病版です!」(かなり雑な説明... 解離の人に怒られそう)
みたいに、結局、解離って言っちゃった。
知らない間に自殺未遂しようとしていたり、気がついたらどこか知らないところで目覚めたりと、けっこうダークな病気だが、なるべくポップな感じで紹介した。ちなみに「多重人格」なんて紹介しようものなら「はいはい中二ね」みたいな白い目でみられる気がして怖くなるので、「人格」という言葉は出さずに病気を説明する(これも解離の人に怒られそうな発言...)
案の定、新道さんは
「なぁんだ。そういうのがあっても全然気にしないよ!」
と言ってくれた。やっぱりね。この人は人格者だし、信頼できそうだ。
空気が終わるとき
何らかの障害や持病を持っていたり、人に言えないようなことがある人は、少なからずいると思う。
そういう人たちが、「空気が終わるとき」というのがある。
何気ない話題の中で、「その話題」が出たとき。
自分はその会話には入れず、ただただ存在を消すようにして、「ああ、終わったな...」と思う。頭の中では暗い気持ちが立ちこめるけれど、外からは何も変わらないようにつとめる。冷静に。はやく話題が変わることを願う。
俺、じつはゲイだったんだ、私、じつは犯罪歴がある。そういうのと同じで、私、じつは記憶をしょっちゅうなくすんだ。
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私は楽しいお昼ご飯から帰ってきて、仕事をする。
さっきは楽しく話せたし、良い気持ちで午後一に来ていた問い合わせの調査をする。
なぜかデータの不整合が起きているみたい... ログを見ると、商品の在庫が少し動いている。ログによると操作した人自身が問い合わせを出していた。
「あれ?この人が昨日の22時に、自分で出庫調整してるみたいですよ。それでこの時間でバッチ処理が走っていたから不整合が起きたみたいです。...でもこの人、問い合わせ内容には、”昨日出庫はしていないのに” って書いているんですよね... これ出庫してますよね?」
と、上司に話していたら、
「出庫してるね。この人記憶喪失したんじゃねーの?」
って、上司が笑いながら言っていた。
ほかの派遣さんや、プロパーさん達も同じ場にいたので、みんなクスクス笑い出す。「いやーお問い合わせで記憶なくすひとよくいるよねw ログ残ってますから!」みたいなことを言い出す。
私はさっきお昼に解離のことを話したばっかりだったので、一瞬ヒヤッとしたけど、自分の話題でもないし、まぁ面白い表現だとも思う。私自身よく「私の頭はファミコン並み!」とかネタにしているし。
ちらっと新道さんのほうを見ると、やっぱり笑っている。たぶんさっき話した解離のことは忘れてるだろうな。私も苦笑いしておく。
こういうのでいちいち MP を消費したくないと心に言い聞かせながら、もくもくと仕事に集中する。気にしない気にしない。
「ごめんね...」
少し経ってから、なんか暗そうな顔をした新道さんが、席を離れたところで私を呼んだ。
何だろう?なんか仕事でミスったかな... と思って呼ばれるまま席を離れる。2人きりで一体なんだ?呼びだし?怒られるのか?
「あの、さっきは、ごめんね、お昼に病気の話を聞いたばっかりなのに、在庫処理のところで、記憶喪失だなんて言ってわらったりして...」
「りりちゃんのこと、病気だ笑える、なんて思ってないからね。普通あんなこと言われたら傷つくよね、ごめんね...」
泣きそうな顔で(実際ちょっと泣いていた)こう言われて、一瞬、どきっとした。
そんなこと。私もそんなに気にしてないよ、事実だし、と言いかけて、やめた。
この人は、本気で私のことを想ってくれているんだ。
他の人の目を気にして、とか、やさしい自分に酔っていて、とか、そういうのじゃなくて。
ただただ、もし自分が、私の立場だったとして、そういうことを話されたら嫌だなっていうことを考えたから悲しくなって泣いてるんだ。
そう思うと、私も少し悲しいようなうれしいような気持ちになって、へんなわらい顔をしながら「大丈夫だよ、ぜんぜん気にしてないよ。そう言ってもらえてうれしい。」って素直に言うことができたんだ。
おわりに
これが、彼女と友達になったときのお話。
このあとも私たちは相変わらず一緒にお昼ご飯を食べ、バカみたいな話したり、家のこと話したりしながら一緒に働いた。
そこからもう数年経って、今はお互いぜんぜん違う会社で働いてるし、彼女は子供を育てたりしてるけど、相変わらず仲良しだ。
大人になってからだって、障害を抱えていたって、こうして何でも話せる親友に出会えたんだ。今はもう人間が嫌いだなんて思わない。
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