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オリンピックの『ルール40』についてまとめてみた

今回は、スポーツ関係者でも一部の人たちしか触れないにもかかわらず、なんとなく言葉が一人歩きしていると感じられるオリンピックの『ルール40』についてまとめていきたいと思います。私自身スポーツブランドに身を置いて携わってきたからこそ、ようやくその概要が理解できるようになったので、今回はそれを皆さんに共有できれば嬉しいです。

■どんな人におすすめ?
・スポーツ関係者(特に、選手周りの人たち)
・「ルール40って何?詳しく知りたい」という人たち
■このnoteで何がわかる?
・ルール40とは何か?
・東京2020におけるルール40はどうなってるか?

ルール40はオリンピック憲章の一部分

ルール40とは何か?まずは、「オリンピック憲章の一部分」ということを認識しておく必要があるでしょう。オリンピック憲章とは、「国際オリンピック委員会(以下、IOC)によって採択されたオリンピズムの根本原則、規則、付属細則を明文化したもの」です。詳しいことは書きませんが、オリンピックに関する様々なルールが書いてあると理解してもらえれば問題ないかと思います。オリンピック憲章には約60個の規則がありますが、継続的にアップデートされています。最新版は日本オリンピック委員会(以下、JOC)のHPでご覧になれます。

では、オリンピック憲章の一部であることはわかったが、具体的に何を規定しているのか?一言で簡潔に示すならば、以下のようになるでしょう。

ルール40
大会期間中に、宣伝目的で、大会参加者の肖像を使用することを認める(制限する)規則
※「大会」:オリンピック競技大会
※「参加者」:競技者、チーム役員、その他のチームスタッフ
※「肖像」:自身の身体、名前、写真、競技パフォーマンス等

注:この後出てきますが、ルール40の主語はあくまで「大会参加者」なので、「ルール40=大会参加者が、大会期間中に宣伝目的で自身の肖像が使用されることを許可できる(してはならない)ことを定めた規則」が正確な表現です。ただ、私はスポーツブランド(=競技者のスポンサー企業)目線なので、「ルール40=大会期間中に宣伝目的で大会参加者の肖像を使用することを認める(制限する)規則」としています。

なぜ「認める(制限する)」と書いたかというと、最近(もう約1年前になりますが)このルール40の内容が「制限する」から「認める」に変更されたからです。もう少し正確なニュアンスでいうと、"You cannot, but...(条件)"[全否定の一部例外]というネガティブな表現だったのが、"You can, if...(条件)"[一般的な仮定]というポジティブな表現になったという感じでしょうか。「やっちゃダメですよ、ただ、この条件を満たせば例外的にOK」から「やってもいいですよ、この条件を満たせば」へ変わったということです。私はこの変更を見たときに、「歴史が動いた!」と感動したくらいなのですが、この大きな可能性の広がりがわかるでしょうか。笑

ルール40は2019年に少し変更された

その運命の瞬間が、2019年6月26日、第134回IOC総会3日目午後のパートです。そのときの様子が下記リンク先から見られます。(ルール40の箇所は14:50~19:00です。note上では見られないので、YouTubeのページに飛んでください。)

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そのときのIOCのニュースはこちら。

日本でもおなじみのコーツIOC副会長が、このIOC総会の前週のIOC理事会で承認されたルール40の条文変更を議題として挙げ、その後可決された様子が映っています。ところで皆さん、ここで何か気になることはないでしょうか?鋭い方はお気づきかもしれません。オリンピック憲章もきちんと読めばわかりますね。冒頭に書くべきだったでしょうか。。(^ ^;)

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ん???「Bye-low to Rule 40… 3.(文章)」???

そうです。今更で申し訳ないですが、私がここで言っている(=世間一般で言われている)「ルール40」は、正確には『オリンピック憲章規則40付属細則3(Rule 40, Bye-low 3)』を指しています。このnoteで書かれている全ては、この『オリンピック憲章規則40付属細則3』を巡ることであるとご認識ください。これまでもそうでしたが、ここからも「ルール40」と書きますので、「ルール40」と書かれていたら、『オリンピック憲章規則40付属細則3』のことを指しているんだなと思っていただけると幸いです。

さて、「ルール40が変更された。それは歴史的なできごとだ。」とお伝えしていますが、ここからはルール40の何がどのように変わったのか見ていきましょう。まず変更前のルール40です。

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英:"Except as permitted by the IOC Executive Board, no competitor, team official or other team personnel who participates in the Olympic Games may allow his person, name, picture or sports performance to be used for advertising purposes during the Olympic Games."
日:「IOC理事会が許可した場合を除き、オリンピック競技大会に参加する競技者、チーム役員、その他のチームスタッフはオリンピック競技大会開催期間中、自身の身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝目的で利用されることを許可してはならない。」

2018年版より

「IOC理事会が許可した場合を除き」というのは、簡単に言うと、公式スポンサー以外の非公式スポンサーはやっちゃだめだぞということです。オリンピックの公式スポンサーは、大会期間中にアスリートらを活用して宣伝活動をすることが認められています。

全体を見ていてわかると思いますが、先ほども書いた通り、否定文というネガティブな表現で書かれていて、「許さないぞ!」という姿勢が見て取れますね。そして、改めて変更後のルール40です。

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英:"Competitors, team officials and other team personnel who participate in the Olympic Games may allow their person, name, picture or sports performances to be used for advertising purposes during the Olympic Games in accordance with the principles determined by the IOC Executive Board."
日:「オリンピック競技大会に参加する競技者とチーム役員、チームスタッフはIOC理事会が定める原則に従い、自身の身体、名前、写真、あるいは競技パフォーマンスが宣伝の目的で大会期間中に使用されることを許可することができる。」

2019年版より

こちらは、肯定文というポジティブな表現で書かれています。「なんだ大したことないじゃん」と思われる方もいらっしゃると思いますが、この違い、「競技者(=オリンピックに出場するアスリート)」と「公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業」にとっては非常に大きな変更なのです。少し歴史的な背景を絡めてお話しします。

アスリートによる権利の主張がIOCを動かした

変更前のルール40は、「アスリートらが、大会期間中に、スポンサー企業が行う広告活動に協力してはならない、自分自身の写真や自己のパフォーマンス等を宣伝目的で、SNS やHPに掲載したりすることも許してはならない」というルールでした。これは公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業にとっては非常にやっかいで、普段からそのアスリートを支援していたのにもかかわらず、一番の晴れ舞台であり、人々の注目が一番集まる大会のタイミングで、そのアスリートを活用して自社の売上/ブランド価値向上に向けた宣伝活動をできないということになります。

そうすると、公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業にとっては、アスリートを支援するインセンティブがなくなり、スポンサーをやめていってしまいます。アスリートにとっては、資金面や環境面で支援してくれていたスポンサー企業がいなくなり、競技を続けることが困難になってしまいます。つまり、変更前のルール40は、アスリートにとっても公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業にとってもあまりよくない規則だったのです。

権利意識の高い欧米のアスリートは、この状況を打開したいと考えるようになり、IOCにルール40の緩和を働きかける運動を始めます。自分自身が競技を続けられるように、よりよい待遇/環境をつくれるように、「大会期間中、公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業にも、アスリートを活用した宣伝活動を認めてくれ」というようになります。世界各地でこのような運動が起こるようになり、ついにIOCはリオ2016で、ルール40の条文は変えないものの、大会ごとに定められるルール40に関するガイドラインにて、条件付きでアスリート個人のスポンサー企業がアスリートを活用して宣伝活動することを許可しました。ただし、IOCはこのガイドラインの運用を各国オリンピック委員会にゆだねており、日本の例でいくと、JOCはソチ2012までと同様に、アスリートを活用した宣伝活動を一律で禁止しました。

そして、時は流れ、東京2020に向けてアスリートからさらなる緩和が求められるなか、今回ルール40の条文変更が決定したのです。その後発表された東京202でのルール40に関するガイドラインでもその流れが踏襲されています。("Advertising by Non-Olympic Partners"参照)

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先ほども書きましたが、このガイドラインの運用は各国オリンピック委員会にゆだねられています。では、東京2020に向けて、JOCは、公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業によるアスリートを活用した宣伝活動をどのようにとらえているのでしょうか?また、どのような規則を定めて運用しようとしているのでしょうか?それはJOCが発表した東京2020でのルール40に関するガイドラインをみればわかります。

【JOC】東京2020でのルール40に関するガイドライン

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JOCの公式HPより(日本語なので読みやすくなりましたね。こちらに結論が書いてあります。)

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「JOCは、(中略)東京2020大会では、大会参加者の個人スポンサー等の肖像使用についてもJOCによる事前の承認を得たものに限り許諾することとしました。」

ついにJOCもルール40の緩和を決め、公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業に対しても、アスリートを活用した宣伝活動を条件付きで認めました。これは個人スポンサー企業にとっては大変喜ばしいできごとです。なんせマーケティング活動の選択肢が広がりますからね。ただ、難しいのは条件があるということです。ここでは、「JOCによる事前の承認を得たものに限り」と書いてあります。この「事前の承認」を得るための条件・得るまでのプロセスが非常にややこしいのです。(このややこしさがスポンサー企業のマーケティング担当者を苦しめることになります。)このガイドラインに書いてあることを簡単にまとめると以下のようになります。

■概要
・規制期間:7月14日~8月11日(選手村開村日~閉幕3日後)
・方針(条件):
大会参加者は、自身の容姿、名前、映像(以下、「肖像」という。)を、日本国内において、オリンピックパートナー及び事前にJOCに登録した自身の個人スポンサー等に対し、以下の条件のもと、商業的活動を目的として使用させることができる。① 大会参加者の肖像使用に関する確認書をJOCに提出すること 
②肖像使用に際し、大会参加者から必要な同意を得ること
③ IOC及びJOCの方針に反するカテゴリーの広告ではないこと(例:タバコ、禁止薬物、ハードリカー、ギャンブル、ポルノ、道徳に反するビジネス 等)
④日常より継続的に使用している大会参加者の肖像を使用したジェネリックな広告であること
 (1)日常、継続的に実施している広告等であり、オリンピックへの注目度が最も高まる期間を狙った広告等ではないこと(2020年3月31日までに使用している広告素材であること)等
 (2)オリンピックやオリンピック日本代表選手団をイメージさせるおそれのない広告内容であること等
 (3)オリンピックの開催に合わせた中継番組、特集ページや、開催会場付近の屋外広告や交通広告ではないこと(上記の広告とは、新聞・雑誌広告、テレビ・ラジオCM、屋外広告、交通広告、チラシの他、インターネットやSNSによる広告・宣伝等、全ての広告を指します)等
 (4)日常、継続的に実施している広告等に比べ、極端に増加した広告出稿量ではないこと等
・個人スポンサー等の定義:個人スポンサー+所属先
■登録・申請手続き
①個人スポンサー等の登録申請:3月31日まで
②大会参加者及び個人スポンサー等の確認書の提出:3月31日まで
③広告・宣伝内容の申請:5月15日まで
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④広告・宣伝の実施報告:8月31日まで

このなかで特にややこしいのが④です。「ジェネリックな広告」ってなんやねんというところです。(1)~(4)まで大きく分けて4つの条件がありますが、この4つの条件の曖昧さがスポンサー企業のマーケティング担当者を苦しめるのです。ガイドラインを読めば「これはどうなの?あれはどうなの?」という疑問点がたくさん出てきます。そして最悪の場合「こんなにややこしいんだったら何もやらなくていっか」となってしまいます。

ここからは個人の見解ですが、これこそJOCや組織委などの大会側の狙っていることだと思っています。大会側は、ガイドラインを曖昧にし、手続きを面倒くさくすることで、公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業がアスリートを活用した宣伝活動をすることをあきらめさせたいのです。

ルール40の緩和は大会側にとっては負です。主な資金源である公式スポンサーの価値を下げることになるからです。「大会側の本音としてはルール40の緩和なんかしたくない。ただ、アスリートによる権利の主張はアスリート自身の価値を向上させることにつながるため、アスリートの祭典を大義名分に掲げている大会側としては批判しにくい。だからしかたなくルール40を緩和している。」こんな背景があるのではないかと思います。そのため、ガイドラインはややこしく作られているのです。

スポンサー企業のマーケティング担当者の方々へ

東京2020は2021年に延期となりました。それを受けて、ルール40の登録・申請手続きも当面延期となっています。

私は公式スポンサーではないアスリート個人のスポンサー企業のマーケティング担当者だった(転職しました)ため、このルール40に関するガイドラインを読み込んで、登録・申請の手続きや実際の宣伝活動の準備していました。まさにここからというタイミングで延期になってしまったので非常に残念です。

東京2020はルール40が一番緩和された大会になります。アスリート個人のスポンサー企業にとってはアスリートを活用した宣伝活動を実施する機会が最も拡大した大会なのです。幸か不幸か東京2020の延期によって、しっかり準備する時間ができたと思います。ガイドラインのややこしさに負けず、この機会を最大限活用していきませんか?

もしサポートしていただけるのなら泣いて喜びます。。。