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歩くことが生き方そのものと関わっているとしたら「ゆっくり歩くことができる」ということについて

6月なのにまだ半袖1枚で出かけることを許されない、春と夏のあいだを彷徨い続けているパリの気候。しかし、歩くのにはちょうど良い気候。はじめ外に出た時は「うわ今日の服装ミスった」と大体思うが、10分、20分、30分と歩いてる内に身体が温まり、上着のカーディガンを腰に巻き付け、最も最適なコンディションで足取りが進む。

「パリは歩くのが楽しい街」

大体みんなが口を揃えて言う。どのエリアを切り取っても迷宮のような街並みが連続しており、歩くことを飽きさせない(道に落ちまくっている犬の糞には要注意)(たまに「あの大きさは人糞か…?」と疑われるものもある)。そうしたカオスを含んだ景観のユニークさだけでなく、都市政策も影響している。どんな路地にも歩行者のための歩道が整備され、パリ市内は一部の道路を除いて車の速度が30km以下に制限されている。「歩行者の身分」が担保されているのだ(コロナ以降、自転車の身分が優位になっている気がするが)。

テイクフリーの本などがよく道端に置いてある

フランスは田舎の街でも、歩行者を置き去りしない街づくりを試みていて、そのあたりの話は「フランスのウォーカブルシティ: 歩きたくなる都市のデザイン」とか読めばいいと思う。

東京藝大から交換留学先をパリに選んだのは、大体そういう理由。制作方法として「しょうもないことで大きなことを語る」ことに関心があって、「歩くこと」なんて健康な人なら日頃特段意識もしない行為だと思う。だから興味が惹かれる。

シャルル・ボードレールにヴァルター・ベンヤミン、ダダにシュルレアリストにシチュアシオニスト。枚挙にいとまがない芸術家・哲学者たちがこの街で歩きながら思索にふけり、時に歩行を政治や空間を批評するための武器として使用した。「歩くと創造性が6割増しに」というスタンフォードかどこだかの研究なんて歩く者にとって自明過ぎるが、歩行者の空間の担保がパリの歴史に大きな影響を及ぼしているのではないか。

偶然にも「歩行を実践した人たち」が多く居住したオデオン・カルチエラタン界隈に1年住めたのは大きかった。ピカソや藤田嗣治らがいたモンパルナスも近い。自身の仮説と共に、過去の人たちと対話するように街を歩けたのは面白かった。

近所。奥にあるパンテオンにはジャン・ジャック=ソルーらが眠る。5月革命の舞台にもなった場所

では、歩行者が車やバイクに追いやられ、「ゆっくり歩くこと」が困難になった都市が迫るものとは何であろうか。古代ギリシャの時代には「都市を予定もなく放浪する」という行為は反社会的でいかがわしいものとされていた。そして、ベンヤミンが言うところの、目的もなくぶらぶら歩く「遊歩者(Flâneur)」がパリに現れたのは19世紀初頭だった。彼らは特に何もしない。街ゆく人や、意味が失われ過去となった場所をじっと観察していた。この時代のパリでは、亀と一緒に歩くことが流行っていたらしい(渋谷駅でそういうおじさん見たことある)。

渋谷というワードから東京に話を振るが、東京は果たして歩きやすい街なのだろうか。地方出身の自分としては「歩きやすい」と感じている。ただ、上記のように「無為に歩いてる人」がどれだけいるかは分からない。滞在中、ヨーロッパの人たちが持つ「余裕」について、そしてなぜにそうした「余裕」を持てるのか、その「余裕」が何を生み出していくのか考えさせられることが多かった。ひとつの仮説として検討したのは

余裕ができる
→ゆっくり歩くことができる
→創造性・健康促進・ストレス発散
→仕事ができる
→余裕ができる(以下ループ)

知らんけど

「東京」と「余裕」が対義語であることは誰もが同意するだろう。フランスのように1ヶ月バカンスを取れる社会システムも日本と異なるし、こうした部分も、都市を歩くことと関連する。歩くことは単なる移動手段ではなく、生き方そのものと密接に繋がっている。また、パリと東京で大きく異なるものとして、公共空間で立ち止まれる場所の数だ。東京は友人とただ喋るのにもお金がかかる。夜、大声で外で喋ることも難しい。

インフレと深刻な円安は日本人留学生が等しく苦労していることだが、個人的にはお金を使わない良い訓練になった。公園に椅子やベンチが大量にあるし、バーではなくセーヌ川で飲むのが最高だ。腹から声も出せる。東京にいた時は、友人と会うのもどこかご飯を食べに行ったり、居酒屋で飲んでいた。となると、数千円や1万円以上かかったりする。もちろん食事や空間は多くの価値を提供するし楽しいが、よくよく考えれば友人と会うことには本来金銭は必要ない。この辺は、東京に戻っても抗いたいし、友人たちに提案したいことでもある。

「立ち飲み酒場セーヌ」と銘打ってここでしっぽり酒を飲むのが日課

徒歩移動に関して、本当に問題なのは地方だと思う。地元の金沢ですら、観光地を除けば難しいと感じることが多い。少子高齢化でバスや電車が廃線になり、車移動が生命線となる空間。

留学先のレバノン出身の同級生が言っていた「自宅から学校は直線距離だと歩いて5分なのに、道がズタズタのため徒歩40分の迂回を求められる。治安も悪いから、毎日ライドシェアで通学している。」この話は興味深さしかない。歩くことが生き方そのものと密接に関わっているのだとしたら、例えば紛争地域の「道」が人々に何を語るのだろうか。

基本的に子供が1人で外を歩くことができないアメリカ。歩きやすいと言ったパリも、登下校は親の送り迎えが必須である。

一方で、片道40分かけて登下校していた小学生時代、日本の田舎。歩きながら1人妄想にふけり、歌を歌い、花や石で遊び、友達と語り尽くしたあの時間。あれが全てだった。


終わり。おまけ↓

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