見出し画像

ある葬儀で僕が行ったこと

 12月になると、色々とイベントが多くなるものである。
 師走(しわす)とも呼ばれるこの時期は、何かと忙しくなる。仕事納めで注文や取引の締め切りが早くなるし、年末年始を無事に迎えるための準備も進んでいく。さらにクリスマスだってある。
 年末年始が忙しくない人は、いないだろうと僕は思っている。

 そして僕は、12月になるとある葬儀を思い出す。
 僕が葬儀社社員として勤務していた頃。ちょうど12月に僕が担当して施行したある一家の葬儀だ。
 亡くなったのは喪主さんの父親だった。
 その葬儀で、僕は様々なことを行った。そしてその結果、僕はとても感謝されたことを今でも覚えている。

 今回は、そのときのことを書いていきたいと思う。
 なお、最初にお断りしておくが、基本的に喪家の情報は個人情報に該当するものが多い。他に業務秘密として話してはいけない内容もある。そのためあちこちにフェイクを入れてある。全てが真実というわけではない。喪家のことを守るために、意図的に嘘を織り交ぜて記している。
 どこが真実なのかなど、喪家の情報に関わることについては一切お答えできない。
 あらかじめご了承願いたい。


「最初に電話を受けてくれた人でお願いします」

 最初に依頼の電話が来た時、受けたのは僕だった。
 僕はマニュアルに従って電話で依頼者の情報を聞き出し、お迎え先やお帰り先の住所、連絡先、宗教を聞き出した。
 電話で「何か自宅でしておいたほうがいいことはあるか?」と聞かれたため、僕は安置するための布団を用意しておくことや、打ち合わせをする場所を決めておくこと等を伝えておいた。
 それから一度電話を切り、僕はその情報を先輩に伝えた。順番からして、僕が担当するのではなく、先輩が担当するためだった。

 しかし、二度目の電話で事態は一変する。

 電話をした先輩から「おいルト、最初に出たお前にご指名だ。最初に電話に出てくれた人に来てほしいって、向こうが言っているぞ」と呼び出しがかかった。
 僕はあまり乗り気ではなかったが、そんな申し出を断ることもできなかった。
 先輩に代わって準備を行い、僕は指定された時間に、指定された場所へとお迎えに行った。

始めて泣いた喪主さん

 僕は搬送車で伺った先で、喪主さんと初めて対面した。
 優しそうな喪主さんは、亡くなったお父さんの身元確認をしてから、僕の搬送車に続いて自宅まで向かった。
 そしてストレッチャーを使い、自宅にお父さんを連れて入り、予め敷いておいた布団にお父さんを喪主さんや家族の方々と共に寝かせた時だった。

「おやじ、家に帰れてよかったな!」

 そう言って、喪主さんが初めてその時に泣いた。
 僕はそんな喪主さんの背中を見つめながら、片づけと葬具の準備をしていた。
 どんな出来事がこれまでにあったのかは、分からない。
 どんな関係が今まで続いていたのかも、分からない。
 ただ、喪主さんとお父さんの間には、家族の絆が確かに存在していた。僕はそのことだけは分かった。

 その後、僕はドライアイスの準備をしてから、喪主さんと家族の方に同席していただき、葬儀の打ち合わせを始めた。

通夜の日と通夜の後

 葬儀の準備は進み、お通夜の日。
 通夜式が終わってから、喪主さんが一度家に戻ってまたホールの控室に来ることになった。
 その間、正面玄関の鍵をかけることができなくなった僕は、喪主さんが戻ってくるまで待つことになってしまった。

 通夜式が終わり、すでに時間は9時を過ぎていた。
 僕はご家族の方々と話しながら、喪主さんが戻ってくるのを待ち続けた。本当なら帰っても良かったのだが、喪主さんに夜間出入口の説明をまだしていなかったため、その説明を喪主さんにしてから帰ろうと思っていたため、僕は待ち続けた。

 そして喪主さんが帰ってきて、夜間出入口の説明をしてから、僕はホールを後にして事務所に戻り、雑処理をしてから僕もその日の仕事を終えて岐路に着いた。

 しかし、僕はそのまま帰ったわけではなかった。

 僕は夜遅くまでやっているスーパーに立ち寄り、カップ酒を購入した。
 もちろん、飲むためではない。
 このカップ酒は、ある地酒であり、亡くなったお父さんの好物だったと喪主さんから伺っていたお酒だった。

「出棺前に時間が余ったら、このお酒を末期の水ならぬ『末期の酒』として使うことにしよう」

 僕はそう思い、自腹を切ってカップ酒を購入した。

末期の酒の出番

 葬儀告別式が終わると、出棺の時が訪れる。
 供花を切って用意したお別れ花を入れていく中で、どうしても時間が余ってしまった。
 そのため、僕は昨日購入したカップ酒を用意した。

「こちら、お父さんがお好みだったお酒をご用意しました。こちらのシキミの葉っぱを使って、1人ずつお父さんに飲ませてあげてください」

 そう案内をして、僕は喪主さんから末期の酒へと案内した。全員がお父さんにお酒を飲ませ、それで出棺の時間までの間をつないだ。
 ちょうど全員が終えたところで、出棺の時間となり、その後は棺のフタを閉じて出棺の運びとなった。

自宅の祭壇設営

 葬儀が終わり、精進落としも終わって喪家さんが帰った後。
 掃除をしてから、僕は荷物を車に積み込んで、喪家さんに向かった。自宅で49日が終わるまでの間、遺骨や位牌を安置するための祭壇(中陰壇)を飾るためだった。

 到着した僕は、着々と祭壇を組み立てていった。祭壇以外にも、香典返しの予備や小分けにした果物といった、喪家さんが持ちきれなかった荷物も持って行き、用途についても説明した。

 全てが終わって帰る前には再度「分からないことや困ったことがありましたら、いつでも名刺に書いてあります携帯番号までご連絡ください」と一言添えるのも忘れないようにした。

 こうして、僕が担当した葬儀は終わった。
 翌日には葬儀費用の明細書を持って伺い、葬儀費用の説明をして支払い方法を確認したりもした。


 実際に細かく記すとキリがないため控えるが、これでもほんの一部だったりする。さらに喪家さんとの打ち合わせや宗教者との打ち合わせまで含めると、これの何十倍にも及ぶ業務量となる。
 まさに師走なみに忙しい日々だった。

 しかし、最後には喪家さんから「本当にありがとうございました」「ルトさんのおかげで、無事に葬儀を終えることができました」「親父もきっと喜んでいます。ありがとうございました」と感謝の言葉をいただけると、本当に嬉しかった。
 ああ、やってよかったなぁ、と思えたものだった。

 今でも思い出す喪家さんは、元気でやっているだろうか。
 大切な人の死を乗り越え、前を向いて進めているのなら、僕にとってそれ以上にうれしいことは無い。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?