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紅茶詩篇『青』

 月夜の青に溺れていた
 肌の肌理が乾いていた
 私は船を漕いでいた
 ひとりの青い海の夜に
 流された血を溶かしながら
 傷を負った肌と肉体から
 この薔薇を守るために骨まで達した恐怖の傷に
 心許ない手当てをして
 清い於血が傷からしみるのを鎖すように隠しながら
 心を神経そのもののように研ぎ澄ましていた
 まるで清い血で恐怖を飲み物とする神のように
 眠りにきちんと癒やされることが約束されている夜
 死と眠りが家族のように微睡んでいる
 あの日は怖かった悪を除ける作業を思い出して海に触れる
 怖かったことを思い出したときだけ夜の海は
 いつも温かな温度をして漣に揺れている

 月夜の藍に溺れていた
 肌の肌理が海風に乾いていた
 私は海に運ばれていた
 孤独な青い黄昏の海に
 傷を負った肌から血を流しながら
 怪我をした肉と骨から
 この薔薇を守るために失われた骨髄液の記憶している恐怖に
 骨根の命の青い燐光が消えそうに瞬いて
 終わった悪霊の滴る傷から夜が立ち上っていた
 心の中心をお守りの中に入っている丈夫な紙のように見立てていた
 まるでうるわしい血の一滴で悪魔を祓ってしまう神のように
 眠りが嗜眠にならないことが絶対的に分かっている空しい夜
 寂寞と耗弱が兄弟のように戯れている
 あの日は恐ろしかった悪を払う作業を思い出して海に触れる
 私がやらねばならなかったと顧みたときだけ夜は
 いつも無条件に心地よい冷たさで漣を揺蕩わせている

 月夜の闇に溺れていた
 私の肌は潮でじっとりとしていたが
 風がくれた水差しをうけて
 肌の肌理はごくごくと水を飲んでいた
 私は海の彼方に運ばれていた
 もうすぐ海が終わる場所があるのならばと思うような
 そんな絶海がそこには昏く蟠っていた
 誰もいない海の真原で
 私は息をしていた
 傷を負ったこの身体の神が宿る部分を庇いながら
 この薔薇を守るために流れていった血の重みを感じていた
 骨根の命が淡く解けて
 私は自らの骨が朽ちる姿を見たのだった
 身体の中心を貫くように存在する空白に
 お守りの中身の紙のような硬さと重みを据えていた
 まるで怒りの涙一滴で音もなく世界が焼き尽くされる神のように
 眠りが死脈を打たないことを分かっている安堵の夜
 うつくしさと醜さという概念が二つ姉妹のようにお茶をしている
 あの日おぞましかった悪の姿を思い出しては海の水に触れた
 私しかあの姿の者に耐えられなかったのだと苦いときだけ夜は
 いつも何時でも私のことを愛していると抱きしめてくれた

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