見出し画像

「お前さん、ストリッパーにならないか」


「お前さん、ストリッパーにならないか」
 と、東京の街で声をかけられたのは、21歳の初夏のことだった。

 振り向いた先に立っていたのは、胡散臭い初老のおっさん。どう見ても怪しすぎて、常識的に考えれば、ついて行っちゃいけない類の人である。

 けれど、街をぶらついていて唐突に提示された『ストリップ』という内容に興味を持ってしまった私は、毅然と断わ……れず、どうしようかと迷うような曖昧な態度をとった。

 それを見て、押せばいけると思われたのだろう。
「見学だけでもしてみるか。無理そうだったらやらなくてもいい」
 とおっさんは言った。

 正直なところ、ストリッパーになる気はさらさらなかったのだが、ストリップというものが一体どういうものなのか一度見てみたかった。


 しかし、このおっさんについて行って果たして大丈夫なのだろうか?

 至極まともな懸念 VS ろくでもない好奇心
 ファイッ!!!


 ───勝者はもちろん、ろくでもない好奇心だった。


 それで私は「とりあえず見学だけ」と言って、おっさんについて行くことにした。



 おっさんは劇場に行く途中で、なぜか寿司をご馳走してくれた上に、バッグも買ってくれた。
 「いらないです」と何度も断ったが、「いいから受け取っとけ」と言う。売り飛ばす気満々である。(言い過ぎである)

 さらに、移動の電車内でも「もっと俺の近くに寄れ。可愛く媚を売るんだよ」と腰を引き寄せてくる。
 (お前に媚びを売って、私になんのメリットがあるんだジジイ)
 と思った私は、曖昧に笑って、少しずつおっさんとの距離を元に戻した。

 可愛げのカケラもない私と、すけべジジイとの攻防はしばらく続いた。




 そうこうしつつ、ストリップ劇場に着いた。

 パチンコ屋とか競馬場にたむろっていそうな、ベージュやグレーのジャンパーを着たおっさん達が沢山いる。
 無知な私は、ストリップ劇場とはギンギラ派手な場所───のように想像していたが、実際には、昔、地元にあった個人経営の映画館みたいに、少しさびれた、こじんまりとした劇場だった。

 1階にチケット売り場があり、ステージを見るには階段で地下1階に下りる。
 そこには小さなロビーがあって、正面に両開きドアが開けっ放しになっていた。その中に薄暗い空間。ステージがあり、スポットライトの色がついた光が動いている。客席にはお客がみっしりと入っていた。
 集まる人間のタイプが違うだけで、建物の作りはライブハウスなどと一緒なのかもしれない。

 私がドアの近くで物珍しさにきょろきょろしていると、
「わりとな、女の子も見にくるんだ。ほら」
 と言って、おっさんが顎をしゃくった。
 見れば、リクルートスーツを着た女の人が、客席の一番後ろで1人、ステージを見つめていた。

 ストリップという未知の世界にうっすら興味はあれど、自分から足を踏み入れる勇気はなく、スカウトのおっさんに声を掛けられたのを好機としてついてきた私と違い、この男ばかりが密集する中、みずから一人で見に来ているその女性に(すごいなぁ)と思った。
 多分、私は1人じゃここに入れそうもない。好奇心はあれど、ビビりな人間なのだ。
 でも、女性が1人で観に来ても安全なくらいの秩序はここにもあるのだろう。なんとなくそう思った。

 どういうきっかけで、ここに来るようになったんだろう? ここにどういう魅力を感じているんだろう?
 気になったけど、声をかけるわけにもいかなくて、それが少し惜しまれた。


 ステージでは、アイドルみたいに可愛い衣装を着た女の子達が踊っている。もちろん色々と露出が激しい。
「人に見られるから、みんな肌がきれいになるんだ」
 と劇場に来るまでの道中、ストリッパーになるメリットを語るおっさんがそう言っていた。
 カラフルなライトの下で踊る女の子達は、たしかに実際きれいだった。

 ショーの最後は女の子が一人、花道で横たわり、足を大きく開いてオナニーをする。
 指を中に入れてよがる様子を、ステージすぐそばの場所を陣取ったおっさん達が食い入るように見ている様子が、ドア近くに立っていた私からよく見えた。
 目の前で、無修正のそれが見られるのだから、そりゃ見るのだろう。
 女の子は体をくねらせ、声を上げ、手を動かし、最後に体を震わせてイク。

「イクふりをするのもいるが、あの子は毎回、本当にイクんだ。プロだね、根性があるよ」
 とおっさんがいう。
 そうなのか、と私はただ単純に感心した。



 ショーが終わると、劇場を出て、喫茶店に入った。

 飲み物を注文し終えると、おっさんが、
「おい、ちょっと後ろ向け」
 と言った。
 言われた通りに振り向くと、少し離れた席に、おっさんと目線を合わせて軽い挨拶を交わす別のオッサンがいた。
「あの人が劇場のオーナーさんだよ」
 と言われる。
 オーナーのオッサンがこちらを見て笑ったので、私も何となしに会釈した。

「お前、気に入られたみたいだな」
 挨拶が終わり、飲み物が運ばれてくる。
 おっさんが、しめたなと言った。
「オーナー、さっきお前に笑って挨拶してたろう。あんな風に女の子に挨拶することはほとんどないんだ。よかったな」
 何がよかったのかわからない私は、はあ…と曖昧に応える。
「あそこのストリッパーになったら、きっと愛人してもらえるぞ。オーナーに可愛がってもらうとな、イモっぽい子も色気が出て、きれいになるんだ。お前も女にしてもらえ。愛人になった子は人気も出る」

 映画の中のセリフみたいだな。
 おっさんの喋りを聞きながら思った。


 ストリッパーになる度胸もなく、オーナーの愛人になって女にしてもらうことの意義も全く見出せなかった私は、おっさんにバッグを返し、スカウトをお断りした。

 おっさんは終始セクハラ的だったけど、ステージに立つストリッパーの女の子たちは、可愛くてきれいだったなあと、今でも思い出す。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?