見出し画像

劇団コホミン『月の王国』終演によせて

「地球のみなさん、たまには月に遊びにきてくださいね! それまでどうぞお元気で。また、どこかでお会いしましょう! またね! 元気でね!」

***

劇団コホミン『月の王国』の幕が降りた。

キャスト総勢18名は、現役大学生と地域の障がい者と小学生たち。
演劇経験者はほぼゼロ。

今日も同じ地球のどこかで「おはよう」して「おやすみ」している私たちが、“劇団コホミン”の一員となって作り上げた舞台。

いつもとちょっと違う演劇の話をしよう。

***

「演劇をやってみたいんです」

千葉県我孫子市の湖北文化公民館、通称「コホミン」。
ここには地域の人々が集まってさまざまな活動をしている。その中に、障がい者メンバーで交流やレクリエーションを行うグループがある。

支援スタッフのサポートを受けながらボディパーカッションやダンスをしたり、クッキー作りをしたりと色々。「体を動かすだけじゃなく、もっと学びになることをやってみては」と野山に出て自然観察をしたこともあった。あらゆる体験の中で学びを深めていく場、そこは「学び舎コホミン」と名付けられた。

彼らはもともと特別支援学校の学生で、今はそのOB・OGにあたる。
卒業後の学びや交流の場の少なさが課題になり、何とかしようと立ち上げられたのが学び舎コホミン。その取り組みは文部科学省の報告書にも記され、同じ地域にある川村学園女子大学とも連携している。

そんな中、次なるアクティビティとしてコホミンの館長さんが興味を持ったのが演劇だった。

運良く川村学園に演劇をやっている先生がいて、その先生の知り合いに台本を書ける人や多種多様なスタッフ陣がいて、話を持ちかけたところ関心を持ってくれた学び舎コホミンや大学のメンバーがいて——ある意味、奇跡的に立ち上がった企画かもしれない。

ありがたいことに、コホミン創立30周年記念を兼ねたプロジェクトと化して予算も下りた。

そして私は、「台本を書ける人」から声がかかったいちスタッフだった。

***

公民館には学び舎コホミンだけでなく、さまざまなサークル・同好会の人たちが集まる。
けれども、それらの団体に障がい者の方を紹介することは簡単ではないらしい。

「今までそういう人がいたことはないし……」「うちでは難しいと思います」と断られてしまう。

ところが、実際に加わって活動してみると「思っていたような不安はなかった」と驚いたり、障がい者たちのユニークなセンスや振る舞いにポジティブな感想を持ったりする人が沢山いる。

今回の企画をご担当なさった向野先生はそうおっしゃった。学び舎コホミンに携わる、川村学園女子大学の先生だ。

そうですよね、と私は頷きつつ他人事とは思えない気持ちで話を聞く。
どうして会ってもいないのに、できないと決めつけるんだろう。

一緒に活動したこともないのに、今までやったことがないからと不安に思うのだろう。

彼らは皆、知的障害を持っている。
それが何なのだろう。

出典元:劇団コホミン『月の王国』公演ページ

***

今回、出演してくださった学び舎コホミンのメンバーは4人。
稽古期間中、私は周りの人から沢山の嬉しい言葉を聞いた。

「〇〇さんね、今日すごく楽しかった!って帰りの車で何度も言ってたんですよ」
「自分が出演するんだって、いっぱい宣伝してるみたいなんです」
「何もしなくても、ただそこにいるだけで嬉しいみたいで」
「親御さんがすごく喜んで、知り合いを大勢招待してくれてますよ」

彼らは障害の程度に差こそあれど、なかなか自分から発話することがない。
こんにちはと挨拶すればおじぎを返してくれるし、話しかけていれば相槌を打ちながらにこにこと微笑んでくれる。けれども、心の中で何を感じているのか表面的にはわからないことも多かった。

それでも私たちが一緒に演劇をやることで、こんなに喜んでくれている。
大学生メンバーもコホミンチームに親しく話しかけ、温かくフォローアップしてくれていた。
彼らを気にかけながら、舞台上では進行役として芝居をリードしてくれた彼女らは本当に心強い存在。あらゆる裏方作業にも携わってくれて、人手の面でも精神面でもどれだけ支えられたか計り知れない。

非日常的なメイクや衣装に目を輝かせながら楽しんでいる姿。
終わってしまうことが寂しくてぽろぽろと涙を流す姿。
私は「演劇をやりたい」と思った自分自身の原点に立ち返るような気持ちになった。

出典元:劇団コホミン『月の王国』公演ページ
出典元:劇団コホミン『月の王国』公演ページ

***

今日もこの世界のどこかで「おはよう」して「おやすみ」して。障がいがある人もそうではない人も、みんなどこかで生きている。

そうしたいのちの輝きみたいに今日も地球はきらめいて、この広い宇宙をゆっくりと巡っているんだろう。

出典元:劇団コホミン『月の王国』公演ページ

ここから先は、私自身の話。

今年に入ってから3つの公演に携わった。どれも特別で間違いなく一期一会で、沢山の喜びと深い学びがあった。

寝ても覚めても演劇漬けだった学生時代を終えて社会人になっても、細々と続けてきた芝居の世界。
それでもこの公演が始まる前に、私は活動休止予告をした。

ライフステージが変わることも事実だけれど、ここ最近で公演スタッフとして不得手を自覚する機会が増えたのは否めなかった。

ゲネ前に衣装不足が発覚して、深夜の新宿をスマホ片手に彷徨った日。
自分のミスが原因で役者さんから強い言葉で批判され、ショックで泣きながら2日間寝込んだ日。

私はデザインやスタイリングを考えるのは好きだけど、裁縫や加工など手を動かす作業は実のところあまり得意とは言えない。

それに振り返ってみると、「役者人数が多い」「衣装点数が多い」「プラン難易度が高い(早替えあり・特殊機構あり・素材が入手困難など)」に当てはまる公演で壁にぶつかっていたような気がする。
逆に“上手くできた”と思える公演では役者さんのアクトを見て靴の滑り止めを用意したり、舞台オペに入ったりする余裕さえあった。
シンプルに、能力とキャパシティが追いついていなかったんだと思う。

幸いなことに今回は環境に【あまりにも】恵まれたけれど、このケースを当たり前にはできないし、「楽しみたい」だけでは成り立たない現場の厳しさを今年は絶えずひしひしと感じていた。

だから1回……ちょっと休んだほうが良いよね?

——そんな話を一緒に演劇をやってきたパートナーにしたら、「まぁ、またやりたくなるんじゃないの」と彼は普段から変わらない朗らかな口調で言った。

その「復帰」がいつになるのか、まだわからないけれど。
だったらなぜKindleで裁縫の本を読み、手頃なミシンを物色し、衣装道具箱を新調しようとしているんだろう?

ひとまずは、楽しい公演で区切りを付けられたことに感謝を。
ありがとう。

またいつか、ね。

おやつを恵んでいただけると、心から喜びます。