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ノージャンルで自由に言葉を紡ぐ、さつま瑠璃のエッセイ。
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餃子と四半世紀と、すこし。

餃子がすきだ。 野菜たっぷりの、我が家の餃子が。 夕飯の前、「餃子作るよー」と母の声がすると小さな私と弟はすぐに台所へ向かった。指先を水に浸し、薄皮の弧をすーっとなぞる。餡の配分は腕の見せどころ。はみ出ないように、それでいて少なすぎないように、そして余らずぴったり使い切れるように。手作り餃子の思い出は、今でも鮮明に浮かんでくる。 鶏ひき肉に刻んだ白菜とにらをたっぷり加えるから、肉汁感よりも野菜のシャキシャキした食感と甘みが口に広がる。フライパンにぎっしり詰めて焼いた餃子を

誕生日に、宝石みたいなチョコレートを買った話。

「人生の節目には、記念品になるご褒美ジュエリーを」 都会的なファッション雑誌で度々見かける文言。節目の誕生日に高価なジュエリーを手に入れるのは素敵だ。20歳になれば成人式を迎えるように——今では18歳が成人になったけれど——30歳、40歳、50歳と区切りのいい年に、人から貰うのではなく、自分が稼いだお金で宝飾品を購入する。百貨店のラグジュアリーな店舗に足を踏み入れて、麗しい店員さんに微笑みながら試着を勧められれば、この優美な時間からご褒美は始まるのだ。 ジュエリーは高級だ

聞いてよ、教えてよ、caffè latte

新宿のハンズで手に取ったのは、ビターなカフェラテ色の君だった。 長方形のすっきりとしたフォルムに、ややグレーの色味が混ざった濃い茶色のバンド。ウィークリー・バーティカルが好きだったはずの私は、去年からすっかり1日1ページの虜だ。2023年に選んだ、目の醒めるようなレモンイエローの手帖から一点、落ち着いたブラウンカラーを選んだのは——まぁ、選択肢が限られていたからではあるけれど——どこか実直な落ち着きを求めるような、そんな心持ちがあったのかもしれない。 落ち着き、ねぇ。 厚

3月3日——雛人形と母娘

毎年3月になると決まって母からLINEが来る。 「今年もお雛様、出したわよ」 我が家の【雛飾】は祖母の代からあるアンティークだ。小ぶりながらも立派な御殿とぼんぼりがしっかり付いている。所々壊れてしまい色褪せてきているけれど、いつだか母が「このお雛様もそろそろ処分しようか」と言ったとき私が「いつか私が貰い受けるから絶対に捨てないで」と言った記憶がある。古風で美しい【雛人形】。 そして【雛祭】が終われば「お雛様ちゃんとしまっておいたわよ」とまたLINEが来る。【桃の節句】を

2月3日——豆撒いて邪を払う

【鬼は外】、【福は内】。 2月3日は【立春】の前日、節に分かれると書いて【節分】。 もともとは四季それぞれの分かれ目を意味する言葉だったらしい。然し、現在は冬と春の境を指す。春を迎える間近、一年を健康に過ごすために邪気を追い払おうと【豆撒】をするのだ。 東京で一人、その日を迎えた夜。私は実家の行事を思い出していた。 私と3つ下の弟がまだ小さい頃の話。夕食を済ませて居間で寛いでいると、ふとさっきまで居た父の姿が見えなくなっている。 それから急にインターホンが鳴る。ドアを

1月7日——七種粥に舌鼓

カレンダーを見たら「小寒」とあった。昨日のことだ。 ここから節分までさらに寒さが厳しくなるらしい。【寒の入り】。 今日が何の日か、私は忘れていない。午前の仕事を切り上げて、近所のスーパーに向かって「【春の七草】セット」を買う。 積み重なった山から1パック手に取ってカゴに入れるだけでいい、便利な世の中。だって、想像してほしい。昔の人はきっと極寒の野原を見渡して、雪の下から微かに春の兆しを伝える七草を探し、家族の分を摘んで帰ったのだから。 湯を沸かし、青菜を刻んで塩でさっと

1月1日——元日の夜明け来たりて

年越しの季節がやってきた。 紅白歌合戦を見終えて、「蛍の光」を聴いて、「ゆく年くる年」を見て。 ゴーン、とテレビ越しのどこかの神社で除夜の鐘が鳴ったら、みんなで口々に新年を祝いあって——これを【御慶】と言うらしい——、それぞれの部屋へ帰る。 それが我が家のお正月。 【初日の出】を見る人は、早起き。 日が昇るまで寝ていたい人は、スヤスヤ夢の中。 【元旦】の食卓は、関東風の鶏ガラの【お雑煮】。餅つきをした近所の人がおすそ分けしてくれた、新鮮なお餅をこんがり焼いて中に入れる

住んでみたい理想の家は、焼菓子とスープと木の匂いがした

「おめでとうございます! あなたは特別なオファーに選ばれました。今日からどこでも住めますよ!」 午前10時のデスク。書きかけた原稿のWordを開いたMacBookの前、現れたそいつはいきなりこう言った。妖精とは彼——いや、彼女かもしれない——のことを言うのだろうか。ジブリ映画に出てきそうなビジュアルの“妖精”はくりっとした目を輝かせながらこっちを見ている。 どこでも住めるって。どこでも? というか今日から? さすがに急すぎない? 「えー、ないんですか? 住んでみたいとこ

IT企業で4年働いて、絶望して、文書きになった私の話

「ごめんなさい、もう無理です。私もう頑張れません」 みっともないと分かっていても溢れる涙を堪えきれない。 社長は黙ってそれを眺めていた。 「2月末で退職させてください」 私は大切な人たちを裏切った。 今でもこの十字架を棄て去る気持ちにはなれない。 *** 26歳、初めての転職。 IT企業で営業職を務めて3年。20代後半になった私は「このままでいいのだろうか」とさめざめ泣いた。それもそのはず、進退に悩むほどの大問題があったからだ。 新卒で入った会社は穏やかで居心地が

すばらしい1年は、相棒となる手帳とともにはじめよう。

今日は、何を書こう。 明日は。明後日は。1週間後には。 *** 高校生の頃からずっと、紙の手帳を使い続けている。 学校の時間割、部活の予定、アルバイトのお給料日。 時々、日記のように思ったことをメモ書きにする。気になったカフェやファッションブランドの名前を書き残してみる。 後ろのポケットに、旅先の思い出の小さなリーフレットを挟み込む。 そうやって、私の手帳はリアルタイムの営みをそっくり映し取っていた。 手帳を持たない派の知人に「アナログ派なんだね」と言われても、悪い気

諳んじる詞(ことば)は——ゼンジン未到とリライアンス〜復誦編〜を見終えて

「ゼンジン未到はね、 僕たちにとって大切なタイミングでやるライブなんです」 MCを振られたギターの若井滉斗——“ひろぱ”は微笑みながら、それでいて真面目に言葉を紡いだ。 ゼンジン未到。 2013年に結成、2015年にメジャーデビューしたMrs. GREEN APPLEが、まだ全国流通盤も出ていない頃から大切にしてきた自主企画だ。 ゼンジン未到とコンフリクト〜前奏編〜に始まり、パラダイムシフト〜音楽編〜/プログレス〜実戦編〜/ロワジール/プロテスト〜回帰編〜と続いている。

「次の、停車駅は」

この際だから白状すると、私は約1年ほど兼業をしていた。個人事業主をしながら契約社員の2本立て。一応、“フリーランス”である点には嘘をついてないから許してほしい。 6月16日、最終出社日。独立して1年3ヶ月と少しで、私はようやく専業のライターになった。 *** この際だから少しだけ、昔の話をしようか。 IT企業の営業マンだった頃の話。途中で1度転職して、2社で4年間勤めた。フリーランスになる決意をしたのは、2社目に勤めて6ヶ月目のこと。色々あってボロボロに枯れ果てた私は

【2021夏休み企画】noteいっぱい読みます!祭

はじめに いつもさつま瑠璃のnoteを読んでいただきありがとうございます。 あるいは、今回の企画で初めて私を知ってくださった方もいるのではないでしょうか。 夏休み。 ジリジリと蝉時雨、かき氷、海、バーベキュー、打ち上げ花火。 といったって学生時代の青春は過ぎにし方、今やお仕事に明け暮れてお盆休みもありません。 それでもこの企画を「夏休み」と題したのは、「夏休み」という名詞が・語感が・ニュアンスが好きだったから。 前置きはこのくらいに。 ご参加いただき心より感謝いたします

邦楽ロックとライブMC 情動的メッセージの考察

ロックバンドは、エモい。 掻き鳴らすギターの音。時に静かに、時に叫ぶように歌い上げるボーカル。 ベースやドラムが織り成すバンドサウンド。 それはそれは、エモい。 しかし、こんなことを言ってはロックファンは黙っていないだろう。 「いやいや、そんな一言で語れるほどロックは単純じゃない。例えば……」「エモさだけじゃなくてもっと色々、例えば……」 実際、私自身もロックファンとして「例えば……」と言いたいことは山ほどある。 とはいえ、ここでは”エモ”の観点からある3曲のMCを取り上げ