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短編小説の森

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私が書いた短編小説たちの倉庫です。カテゴライズしたマガジンにある作品も、全てここに集めています。   ※五十音順に掲載
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記事一覧

会えないあなた [短編小説]

「もう、いったい何なのよ」  薄曇りの午後、秋風に吹かれながら気持ちよさそうに庭の草むし…

瑠璃
1年前
68

紫陽花の咲く庭 [短編小説]

 バスタブにお湯をはりながら、ぼんやり庭を眺めていた。今日は久しぶりに朝から晴れて、網戸…

瑠璃
1年前
41

雨の日は相合傘で [短編小説]

 ずっと闇の中を走っていた電車が一気に地上へ出た。いつもならオレンジ色に染まった夕暮れの…

瑠璃
1年前
69

愛しき人 [短編小説]

 また誰かと勘違いしているのだろう。佐々木希美はお湯に濡らしたタオルで男性利用者の身体を…

瑠璃
1年前
67

イルカに似ている [短編小説]

 神無月が終わって、街は一気に冬の衣裳をまといはじめていた。わずかに目につく取り残された…

瑠璃
1年前
55

嘘だけはつかないで [短編小説]

 いつも通りの休日の朝が来て、和雄よりも先にベッドを抜け出しシャワーを浴びた。メイクが終…

瑠璃
1年前
62

海と瑠璃の境界 [短編小説]

 凪いでいた。あの日のように、とても穏やかな海だ。車内にも潮の香が満ちていて心地よい。五年前に訪れた時は、助手席の窓から眺めた伊豆の海が、視界の左側いっぱいに広がっていた。 「まるで青い畳を敷いたみたいだろ?」  瑞希の左耳に、啓一郎の懐かしい声が響く。それは思い出の中の一場面だ。素敵な表現だと褒めたら、実は山本周五郎の小説で見つけた言葉なのだと、すぐに種明かしをした。自分で考えた事にしてしまえばいいのに、それをできない啓一郎がとても愛おしく思えた。  海を目にした瞬間から、

開幕ベルを聞きながら [短編小説]

 二十代の最後を機に、友人たちの結婚ラッシュが起きていた。春先から六月にかけてが一度目の…

瑠璃
1年前
54

季節はずれの動物園 [短編小説]

 最後に動物園へ行ったのは、いつ頃のことだったろう。小学生の時だったろうか、それとも中学…

瑠璃
1年前
46

君の名を… [短編小説]

 中学生の頃、隣のクラスに原真紀というとても可愛いらしい女生徒がいた。同じクラスになった…

瑠璃
1年前
43

ゴーヤーの実がはじけたら [短編小説]

 どこかで目覚まし時計が鳴っていた。美鈴が眠っている枕元で鳴っているのではない。どこで鳴…

瑠璃
1年前
60

桜前線北上中 [短編小説]

 今年も近所の公園の桜が咲いた。この街では、ちょっとしたお花見の名所になっている。千鳥ヶ…

瑠璃
1年前
46

さよならの線香花火 [短編小説]

 国産のものは、わずか三ヶ所でしか作られていないらしい。線香花火のことだ。今現在、巷で売…

瑠璃
1年前
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残心 [短編小説]

 開け放たれた出入り口から、小さな中庭が見えていた。朝だというのに、もう夏の陽射しがぎらぎらと照りつけている。頭のどこかで、何をしているのだろうと疑念が湧いた。だが、それ以上に考えが進むことを、その場の緊張感が許さない。  今、水上絵里の前には、白い袴と胴着を身に纏い、中段の構えで鋭い視線を向ける男がいる。耳を澄ませば蝉の啼き声だけが世界を覆っていた。剣道の試合をしているのは明らかなのだが、相手が誰なのかわからない。恐怖心が湧きあがりそうになるのを絵里は懸命に押さえつけた。