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人生は旅。

久しぶりに、週1noteという、35人のメンバーが週1でnoteを更新していくという素敵企画に参加しています。わくわく。

実は昨日、川崎から北海道に引越してきました。
人口7000人のまち、安平町へ。

今回は、なぜ安平に引越したのか、少しここに書き残しておきたいと思います。

入口のその先を。
今、地方創生の会社で人事&関係人口創出の仕事をしています。地域がメインのフィールドだから、東京にいる限りどうしても”地域への入口をつくる”ことが主な役割になる。きっかけをつくることもめちゃくちゃ尊い。自分の仕事は最高の仕事だと自負している。けれど、人が変化するのは、感動するのは入口のその先。採用したその先、地域のことを知って訪れたその先。その先まで見てみたい、つくってみたい。コトを繋ぐだけではなく、コトをつくる人に。そんな思いが強くなって。現場に入ること、自分自身プレーヤーとしてコンテンツをつくることを決めました。

地域×キャリアのプロに。
プロフェッショナルになりたい、と最近強く思うのです。まだまだ20代半ば。可能性は無限大だし、今までの積み重ねだってまだまだ僅かなもの。でも今自分が持っているものを見つめたときに、私の勝負できる領域は「地域」×「キャリア」なのかもしれない、と少し思ったのです。これまで人事として、何百人もの、”地域”に興味がある人たちと一対一で話をしてきて。地域の仕事やキャリアをテーマにしたイベントを、この4ヶ月だけでも、30回以上実施してきた。イベントで会った人を含めると1年で2000人以上。沢山の"地域に興味がある人""地域に関わりたい人""地域で働いてみたい人"に出会い、一人一人の思いの背景に触れてきた。まずはこの領域を磨いてみよう、プロを目指してみよう。もっと自分の言葉で地域×キャリアを語れるようになるためにも、東京ではなく、地域に身を置くことを選びました。

人生に感動する。
何より大きかったのは、コロナ禍で例に漏れずリモートワークになり、ひとり、1Kの自宅で1日が始まり、画面を見つめて1日が終わる。週末も極力人に会わずに家にいる。そんな日々の繰り返しの中で、気づけば心が動かなくなってきたこと。
人と触れ合うこと、人と何気ない瞬間を分かち合うこと、リアルなものや芸術(人の存在をリアルに感じるステージ、大画面での映画体験、身体にまで伝わってくるような生の演奏)に触れることもしづらくなってしまった中で、大袈裟かもしれないけれど、次第に、毎日こんなもんだ、という諦めと無力感に少しずつ蝕まれていく感覚がありました。
特にめちゃくちゃ不自由があるわけでもないけれど、むしろ、ずっと家にいる快適さはあるけれど、心揺さぶられることもない。思いがけない喜びも悲しみもない。仕事の中で感情が動くことはあるし、例えばオンラインイベントでも嬉しい瞬間はある。Amazonプライムも面白いし、家の中でも色んなものが手に入る。けれど、日常にどこか"実感"がない。"熱"がない。(ない、というよりは、持ちづらい、が正しいが)

人生に感動していたい。人生に感動する人を増やしたい。
表現者でいたい。感動をつくりたい。

そう思って仕事をしている。生きている。

けれど、近頃、誰より自分の心が動いていない、そんな気がして。
全て環境のせいにするのはナンセンスだし、どこにいたって自分次第で面白くなる。(そしてもちろんどこにいたってコロナの影響がゼロになることはない。) けれど、この予測可能な日々を、可能性を規定されているような錯覚を覚える日々を物理的に一度手放して。不確実性と余白に溢れた環境に身を置いて。なんでもできる、自分で作っていける、そんな感覚を。声を上げて飛び上がるほどに嬉しい、そんな瞬間を。もう一度自分で掴みに行きたくて。

どんなことも 胸が裂けるほど苦しい
夜が来ても すべて憶えているだろ
声を上げて 飛び上がるほどに嬉しい
そんな日々が これから起こるはずだろ
すべて憶えているだろ これから起こるはずだろ

「フィルム」星野源

安平には、素敵な同世代の仲間たちと、面白い事業と、間取り4K元自転車屋な一軒家の新居と、(密ってなんだっけと言いたくなるほどの)広大な大地と。

不便さ、車の運転、広すぎる家、、細かなことを考えたら不安は沢山あるけれど、でも、全部ひっくるめて自分で楽しめたら。そう思っています。

人生は旅。きっと、思いがけない感動に溢れた旅だから。

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