第8回 農業多様性:環境創造型農業を地域でひろげるには?
2013.03.09
西村いつき
兵庫県農政環境部 環境創造型農業専門員
概要
「コウノトリ育む農法」(有機農業)を軸にした地域づくりについて議論しました。
「この地域をどうしたいか」という熱い想いをもち続け、一方で、冷静にデータに基づいた農法を確立するために、生産者だけでなく消費者や地域住民の理解を得ていく取組みが重要であることが示されました。
■イントロダクション&第1部セミナー
今回はネットワーキングの後、2部構成のセミナーが行われました。
まず、「Rural Learning Network」について
中塚雅也さん(神戸大学農学研究科)から説明。
「農村のことを学ぶ場」「ネットワークの場」という本会の趣旨、
「セクター・部署をこえて(民間・行政・大学など)」
「専門分野をこえて」「地域をこえて」
「主催側/お客さんという関係をこえて」、
実行につながる対話を大切にしていることが話されました。
つぎに司会の髙嶋正晴さん(立命館大学産業社会学部)の紹介から
第1部のセミナーがスタート。
西村いつきさん(兵庫県農政環境部環境創造型農業専門員)から、
豊岡市で行われている「コウノトリ育む農法」について
レクチャーを受けました。
はじめに、
国際的な環境意識の高まりと兵庫県農政の動きについて説明があり、
つぎに、コウノトリの生態を導き糸として
「コウノトリ育む農法」とはなにかというお話がありました。
兵庫県では、
食糧の「安定的な」確保のために農薬や化学肥料を使った時代からの
転換をはかって、1992年から「環境創造型農業」をすすめています。
現在も「兵庫県環境創造型農業推進計画」という形で
引き続き行われています。
今回のセミナーでは「農業多様性」と銘打って、こういった取組みを
農家さんだけでなく、民間や行政・大学など
様々なセクターが一緒になって進めるために、
それぞれどういった役割があるかを話し合いました。
「コウノトリ育む農法」とは、
コウノトリのエサとなる生きものが
たくさん(量/種類ともに)棲む豊かな生態系・田んぼづくりを行い、
減農薬あるいは無農薬で育てる農法です。
特徴は田んぼの水管理にあり、
冬の間から田んぼに水を張る「冬期湛水(とうきたんすい)」、
通常より1ヶ月ほど早く水を張る「早期湛水」など、
田んぼに生きものが育まれるよう水管理します。
また、「中干し延期」という、従来の農法より遅い中干しをします。
これはオタマジャクシがカエルに変態する
(ちょうどカエルからオタマジャクシのしっぽが生えているような状態)
まで中干しを延期するもので、
カエルがコウノトリのエサになるとともに、
カエルが害虫であるカメムシを食べるなど、
自然の理に適った取組みです。
1日に500gのエサを食べるコウノトリ。
かれらのエサになる生きものを田んぼに育むことが
この農法の肝になります。
現在は確立されたこの農法ですが、
当初(兵庫県は昭和40年代からコウノトリの野生復帰事業を実施)は
「あんたら行政はコウノトリの方が大事なんか」
という声が聞かれたり、
「農家にリスクを強いることが、
本当に兵庫県としてやっていいことなのか」
という葛藤・議論があったとおっしゃっていました。
一連のレクチャーののち、
フロアの農家さんや米作りをされている方から
「無農薬栽培による収量減対策と価格への影響は?」
「オタマジャクシを狙ったアライグマの被害はないのか?」
「育む農法の水管理で土の状況に悪影響はないのか?
(土をできるだけ乾かすようにするのが通常)」
など熱心な質問・議論が飛び交いました。
西村さんのお答えのなかで、
獣害について、「育む農法でつくった酒米は鹿に食べられやすい
ので対策をしっかりする」というものがありました。
やっぱり動物は美味しいものをよく知っているんですね。
会場の方にポストイットに質問やコメントを書いて頂くのですが、
そこから髙嶋さんがピックアップした
「有機農業で農家さんの手間は増えないのか?」というコメント。
西村さんは
「草の管理の手間は増えるが、逆に農薬散布の手間は減る」との回答。
20町歩ほどの米農家さんで、農薬と化学肥料代で300万円が浮き、
その分を地域のシニアの方を雇って草刈りをし、
地元で経済をまわす循環が生まれている例が紹介されました。
「育む農法をすると"田んぼの景色が変わる"。
農家さんも田んぼにより愛着がわくのか、頻繁に田んぼに行かれるので、
それをカウントすると手間は増えたことになりますね」
と笑顔でおっしゃっていました。
■ダイアログ&第2部セミナー
前半の話題提供がおわり、
5~6人ずつ分かれた丸テーブルで対話と軽食。
テーブルには篠山市「三福」提供のオードブルと、
参加者の方からのお土産である加西市のイチゴが並びます。
今回のオードブルの目玉は、
無農薬栽培の「コウノトリ育むお米」を取り寄せて
つくってもらったおにぎり!
そんなおにぎりをほおばりつつ、対話をすすめます。
第2部セミナーでは、
地域が「育む農法」を取り入れていく過程、
取組みを広げるためのプロセスデザインについてお話されました。
その要点は「農家さんだけでなくいかに全体で取り組むか」でした。
「育む農法」はコウノトリの野生復帰事業の結果としてできたものです。
西村さんは野生復帰ということ以上に、
「この良いシンボルをなんとか農業に活かしたい」
「コウノトリ放鳥までに"育む農法"をつくって、
農家さんと一緒にやっていきたい」
という想いがあったといいます。
「育む農法」は先述のように特殊な水管理が必要なため、
集落の合意が必要で、農家1軒だけでできるものではありません。
したがって集落単位でこの農法を選択してもらう必要があります。
そのためには地道に説得してまわるしかありません。
話をし始めて「育む農法」を採用してもらう
(組織づくり→技術指導→実践)まで3年くらいかかるそうで、
兼業農家が多いので説明会は夜開催もしばしば。
そして、そのような説明・説得の際には
「データ」が非常に重要だと語られました。
「データによる裏付けが人を動かす」
「熱意だけでは1回や2回はやってもらえるが、続かない」と西村さん。
緻密なデータをとり、それを示し、
農家の方に「自分の意思として育む農法を採用」してもらう。
実際に、農薬や化学肥料を使わないリスク(草や収量の問題)があるが、
納得して採用してもらうため様々な調査を行った。
なかでも、コウノトリ=害鳥というイメージ
(「コウノトリは自分の足が汚れるの嫌って、苗の上を踏んで歩くから米に被害がでる」)を払拭するため、
コウノトリの追跡調査を行い、1日の歩数、そのうち苗を踏んだ数、
さらにその踏まれた苗の生育調査までされたというのが印象的でした。
また、婦人会の方々に呼びかけを行ったり、
有機野菜部会時代のコープ神戸との提携の経験から、
生産者だけでなく消費者や地域住民の理解や助けによってはじめて
「育む農法」が可能になるというのも説得的なお話でした。
心掛けてきたこととしておっしゃったのが
「想うこと、想い続けること、あきらめないこと」という言葉。
生産者とともに歩み、地域に話しかけ、
消費者の理解を得る姿勢に貫かれていました。
(野口陽平:神戸大学篠山フィールドステーション)
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