SS小説 創作童話『青髭奇譚①』


果てなく地平線の彼方まで続く青い海。ちょうど、地平線から少しずつ姿を見せた美しい月が徐々に上へと昇り、辺りは茜色の海へと姿を変えていく。
もう直、夜がやってくる。濁りなき茜色に染まりゆく海を泳ぐ大型船は夜から逃れるように近くの港へと流れていく。
帆を畳んでその日の旅はおやすみ。船を静かに休めるとその船から二人の男が出てきた。
「……なぁ、旦那。流石に見知らぬ土地とはいえ、アンタが出たらヤバいんじゃないか?」
「いや、バレるわけがないだろう。こんな見知らぬ土地に俺の悪名が響いているとは思えんからな」
鼻と頬に独特の青い入れ墨をいれた男は船員だろうか、その横を並んで降りるは美髯とも言えるほど、立派な青い髭に隻眼の恰幅の良い男だった。
明らかに船長と船員が降りてきたと分かるその姿に漁を終えて身支度を済ませている漁師達を驚かせていた。
「な、なぁ、あの青い髭の男……五千万の賞金がかけられている青髭じゃないか!?」
「はぁ?!んなわけないだろ、青髭って今どっかの街に別荘構えて女をたぶらかしているって聞いたが……そもそもあんな厳つい男を連れてるわけないだろ、あんな女たらしが……」
ひそひそと話している、かと思えば露骨に聞こえる声量で話す漁師達を横目に船を降り立った直後から居た堪れない気持ちになる船員は腰に手を当てて大きなため息を吐く。
「……旦那のせいだ。アンタ、有名人なんだからちったぁ変装ぐらいしたらどうなんだ⁉」
「俺のせいではないだろう。帝国が広めたんだ、仕方がないだろう……なぁ?ウィス・オーン」
ウィス・オーンと呼ばれた船員は呆れた様子で再びため息を吐き出せば近くの露店へと行く。
船長である青髭を物陰に無理矢理隠して露店の前に立てばこれまた見慣れないその地域限定の特産品が目に入る。
棘のある真っ赤な果物。手書きの値札と共に品名が添えられており、ドラゴンフルーツと書かれている。
「ドラゴンフルーツ……これは美味いのか?」
店先に立つ女性の店主に問いかけると彼女はウィス・オーンを見るなりギョッと驚いた様子を見せた後、答えた。
「あ、ああ……美味しいよ!この辺では名物でね、切ってそのまま食べるのが一般的さ。ちなみに栄養価も豊富でね!」
「そうか……日持ちはしなさそうだがすぐ出す分にはよさそうだな」
「ああ、買うかい?」
「ん、ああ……そのザルの分をくれ」
そう言って交渉を進め、ザルいっぱいに盛り付けられたドラゴンフルーツを買い付け、数点日持ちしそうな根菜類を買い込むと紙袋に詰められ、渡されると機嫌よく「毎度あり!」と告げられる。
それを聞いて紙袋を抱えてウィス・オーンは店から離れた。
海賊として各地を旅する青髭に従事するウィス・オーンはシェフとして船員の料理を作っていた。
今宵はホームシックに陥りかけている仲間たちの為にデザートを振舞おうと考えて買い出しに来た。
(さて、あとは旦那を連れ戻して……ん?)
露店を離れて物陰に隠していたはずの青髭が見つからない事にウィス・オーンは眉間にシワを寄せた。
一体、どこに行ったんだ。そう思って辺りを見渡し、探すと街の暗部とも言わざるを得ない暗がりの裏路地を見に行くと血だらけの青髭が腕を組んで立ち尽くしていた。
その姿を見た瞬間、全身の血の気が引いた気がした。
「だ、旦那ァ!?な、何してんだよ、船出る前に現地住民とはいざこざを起こさないって約束したろ?!」
顔面蒼白の状態で走って詰め寄ると彼は頬についた血を拭って己よりも一回り背の低いウィス・オーンを睨む。
「喧嘩を売ってきたのはコイツらだから俺のした事は正当防衛だ、文句はあるまい?」
足元を見ると頭部から血を流している男が何人かいる。先程、話していた漁師達だろうか。
「いやいや、正当防衛って殺そうとしたらダメだろ!!」
急いで紙袋を置き、いざという時の為に持ってきておいた応急用の救急道具で手当てをしていく。
意識こそないが止血さえすれば命は大丈夫そうだ。
手当てをしてホッと一息つくとウィス・オーンは立ち上がる。
「旦那……この荷物持って先に戻っててくれ。俺は人呼んでくるから」
「ん、どうしてだ?もしお前の事に何かあったら俺はどうしたらいい?」
「どうしたらいい、じゃねぇーんだよ!ほら戻った戻った!」
紙袋を拾い上げ、青髭に持たせると共にウィス・オーンが戻らない事にタジタジする青髭を押して船へと戻らせた。
何度か此方を振り返りつつ、裏路地から出ていった青髭を最後まで見届けると頭につけていた青いヘアバンドを外して黒い髪を掻き乱した。
「はー……めんどくせ。ったく、困った旦那だなぁ、ホント」

そう言って裏路地から出ると近くの通行人に声をかけてウィス・オーンは長い時間、事情を説明し頭を下げる羽目になっていた。



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