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「居酒屋ゆうれい」みたいな生活

夫が急死して一年たった。
ずっと夫に会いたいと思っていた。
会って伝えたいことが山ほどある。

一瞬でもいいから目の前に出てきて欲しい。
出てきてくれないかな。
お願い出てきて。

そう思って、ふと気づいた。
それって幽霊?

夫に会いたい。でも幽霊はちょっと怖い。

もし夫が幽霊になって現れたら、私はどんな反応をするだろう。
嬉しいかな、驚くかな、怖いかな、逃げたりして。

残念ながら、この一年、夫は幽霊になって出てきたことはなかった。
きっとこの世に未練はないのだろう。


そういえば、昔、「居酒屋ゆうれい」という映画をみた。

病気で余命幾許もない主人公の妻が「自分が死んだら新しい女と再婚するつもりか」と聞いたら主人公はしないと答え、もし他の女と結婚したら化けて出てやると言ってこの世を去る。
そのうち、ひとり身になって寂しい日々を送っていた主人公に見合い話が舞い込み、あっさり再婚してしまう。
そこへ死んだはずの前妻が幽霊になって現れ…
なぜか主人公と前妻(幽霊)と新妻の三人で、奇妙な共同生活をすることになる。

たしか室井滋が前妻役だったと思うけど、あんな幽霊だったらいいかもしれない。あの映画みたいに、また夫と娘と三人で暮らせたらどんなにいいだろう。

でもやっぱり、生前の約束を破られたとか、なにか未練や恨みみたいなものがないと、この世には戻って来れないのかもしれない。

夫は46歳で突然死してしまったから(解離性大動脈瘤だった)、まさか自分がこんなに早く命を落とすとは夢にも思っていなかっただろう。当然といえば当然だけど、遺書も遺言も何も残していなかった。
あっけらかんとしたタイプだったから、もうこの世のことなど忘れて、今ごろ羽を伸ばしてあの世で楽しんでいるかもしれない。


でも、夫はときどき私のそばにいるような気がする。

晴れた日に、庭に出てビールでも飲もうかと思ったら、
「いいな、俺にもちょうだいよ」
と、頭の中で声が聞こえたのだ。あの人の声が。

「しょうがないなぁ」
と、食器棚からグラスを取り出し、冷えたビールを並々と注いで、夫の写真の前に置く。
「かんぱーい」
と、グラスを鳴らしてみる。

一瞬だけど、夫が自分の目の前にいたような気がした。
ビール好きだったあの人の、満面の笑顔がそこにあったような気がした。


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