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「のぼる小寺さん」高校一年の空気感に戻れる青春映画。ガンバ!という声が愛おしい。

大きなドラマがある青春映画ではない。だからこそ、リアルな触感があり、それが妙に気持ちよかった。登場人物の一人一人が大切に描かれている。そして、それぞれのストーリーが爽やかに懐かしさを奏でる。

観ているうちに、自分も高校一年の、その時の心持ちを思い出していた。そう、多分、自分の青春期を語る上でもその年は、最も楽しかった時のように思える。受験で、中学校よりも広範囲から集められた新しい仲間が、それぞれに恐る恐る交わっていく。そこに、自分の意思みたいなものが素直にいえないでいる状況。でも、明らかに新しい世界があった。そして、のぼることしか考えていなかったのは確かだ。

主人公の工藤遥、演じる小寺さんは、主役であるが彼女はボルダリングや岩場をのぼっているだけだ。そう、ひたすらのぼっている。そして、進路希望にクライマーと書いてしまう、かなり変わった娘である。そして、気持ちいいほど真っ直ぐな娘だ。その気持ちよさは、文化祭のシーンで校舎をのぼって風船を追いかける彼女に結実される。観客も皆、小寺さんから目が離せなくなっていく作りも良い。工藤遥はそんな役を堅実に演じていた。ボルダリングシーンに関しては拍手しかないだろう。

そんな真っ直ぐな彼女を観て、4人の男女が心動かされ、青春をポジティブに過ごそうと変わっていく。そこには、高校の生活があるだけで、ドラマが特に存在しているわけではない。

確かにラストは小寺さんが大会で準優勝したりして、それはドラマではあるのだが、この映画で大切なのは、高校一年生の夏の日の、なんか言葉では言い表せないが、多くの人が経験した気恥ずかしいような前向きな触感である。

主人公が取り組む、ボルダリングというものの説明など一つもないのもいい。まあ、のぼればいいというのは誰でもわかるし、能書きはいらないというところである。原作は漫画であるが、映画はセリフを極端に減らし、小寺さんに観客も惹かれていくような映像の流れを作り出す。

また、伊藤健太郎をはじめとして、小寺さんに影響される4人の顔がどんどん明るくなっていくのもいい。どちらかといえば、学校という組織に馴染めない4人が、皆、高校という新しいステージで、新しい生き方を掴んでいく。まさしく、青春映画である。

だから、大会で小寺さんがへこたれずに壁に挑むところで、私も「ガンバ!」と言ってしまいそうな心もちになれるのである。なんで、今更こんな特に飾らない映画に惹かれてしまうのか?だからこそ、映画って素敵なのである。

ラスト、伊藤健太郎と工藤遥の絡みで終わるが、逆光気味の背中合わせの情景は甘酸っぱくも、懐かしい触感を観るものに伝えながらクレジットとなる。とにかく、私は明らかに高校一年のあの甘酸っぱい季節にタイムスリップしていた。なかなか愛らしい一遍でありました。

今年の高校一年は、文化祭もできないだろうし、部活もまともにできない人も多いだろう。そういう意味では、こういう青春体験ができないということである。とても可哀想である。せめて、恋する高校一年であるといいよねと思う次第ですな。


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