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「アルプススタンドのはしのほう」今まで誰も作らなかった野球映画?はしっこの青春映画だからこそ共感を多く呼ぶ仕掛け。

原作は全国高等学校演劇大会文部大臣賞受賞作。映画を観て、元の演劇が優れている事は予想できる。多分、映像化に当たって、どう作るかという事はかなり悩んだのではないか?でも、結果的にこれでいいのだろうと、観客としての私はそう思った。誰もこんな映画観た事ないという状況を作って、ちゃんと青春のモヤモヤを描き尽くしている感じは秀逸。

高校野球の地区予選一回戦の話である。そこに学校全員が召集された。もちろん、そんなのに興味がないのはいっぱいいる。遅れてきてスタンドのはしのほうに座る4人はその代表。フライを取られて、3塁からタッチアップして点が入るということがわかっていないレベルの女三人と、元野球部の男一人。

上映時間75分。野球の試合の5回から最終回まで、ほぼリアルタイムでことが進む。カメラが捉えるのは、応援するスタンドと野球場の後ろの通路、そして回想で出てくる学校全景の3シーンのみ。それ以外は何も出てこない。この映画はそういう映画だ。(ここで、ネタバレするなという方もいるだろうが、これを前提にしないとこの映画は語れない)

そして、ほぼ無名の若手俳優だけで演じられている。つまり、普通に高校野球を応援に行って、野球を知らずに無駄話している4人を盗み見ている状況なのだ。だから、多分、こういう発想は舞台の制約を考えて作られたもので、映画を考えるひとが考える世界ではない。

そう、演者のセリフと表情が全てだ。それを飽きずに75分間見続けられるのは、やはり脚本のうまさだろう。出演者全てのキャラが明確だし、この子たちと似たような思い出がある人は、日本中にいっぱいいるだろう。そして、映像の向こうにいる野球部を応援するって何?という難しい哲学をしているところに共感してしまうのだ。

そう、青春なんて、応援するときに応援したもの勝ちみたいなところがある。それを教えようとする教師の描き方は、青春映画そのものだが、それがすごくわかりやすい。声をからし血を吐くこの教師が茶道部の顧問だというのも面白い。もちろん、茶道のシーンなどどこにもない。それでいい映画なのである。

そして、裏主役の野球部の園田と矢野という存在がある。この二人に対し、観ている側は、どんどんイメージが膨らんでいく。そういう流れの中のオチで最後は意外なまとめ方をする。

脚本の世界観が大きければ、出てくるシーンが少なくても、映画というコンテンツは成立する。そして、この映画、観終わると、もう一度おさらいしたくなる。そういう意味では傑作である。

監督はピンク映画畑で制約ある撮影は慣れていると思われる城定秀夫。彼だから撮れた映画と言っていい気がする。あと、映像とともに音がすごく大きな役者として働く。なんせ、見せないところを音だけで演出しているわけで、そこは、どのくらい脚本に書き込んであるのか知らないが、よく計算されている。

多分、ここに出てくる役者のみなさん、これから活躍が期待される人ばかりでしょう。優等生役の宮本守里さんと吹奏楽部の部長役の黒木ひかりさん、今後が楽しみです。

今年の夏は、こんな応援の真ん中もすみっこもなくなっているわけで、大事な思い出を作れない高校生たちは本当にかわいそうですね。それでも、彼らのすみっこにも、大きな未来がある。それを確認するために現役高校生に観て欲しい作品ですね。



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