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「アンダードッグ 前編」心になにかが疼くボクシング映画。澱んでいる世界と森山未來の肉体と涙

東映ビデオとABEMAが製作した映画。ネットでも来年から8話のものが配信される予定らしい。映画版は前編131分、後編145分でトータル276分。つまり約4時間半の長尺である。前編を見た限り、セリフが少ない中で、3人の男たちとその周辺の人たちや家族を描く。あくまでも作りは映画だ。そして、ボクシングシーンはかなりシリアスで素晴らしいい出来上がり。前編を見たら、後編はMUSTの映画である。

主役、森山未來が素晴らしい。もともと肉体は鍛えているだろうが、完全にボクサーの身体になっている。後の二人、北村匠海と勝地涼も、役作りの努力の跡が明確だ。それだけで、この映画は引き込まれる。

導入部は、森山未來の現実を言葉少なだが、実に明確に映像に投射している。風俗の運転手で金を作りながら、元日本ランキング1位のボクサーである森山は、今は噛ませ犬のようなボクサーで現役を続けている。家族とも離れているが、息子は彼を慕っている。タバコを吸い、性欲も曝け出し、その生活にストイックという言葉はないように感じられる。では、何故に彼はボクシングを続けるのか?その答えは、前編では見られなかった。だからこそ、この前編の意味がある気がした。

そんな自堕落な森山に興味がある新人ボクサーが北村匠海。一緒に食事をしようとまでいう若者に、「なんなんだこいつ」という態度の森山。北村も森山に何を感じているのかわからない。この辺りは後編の主題なのだろう。

そして、前編のメインイベントは、お笑い芸人役の勝地涼が森山とボクシングで試合をする話。勝地の父親の風間杜夫との心のありかも探りながら、勝地の「何かを変えたい」という気持ちが映像に焼き付いていって、最後の4回戦につながる。森山は、テレビ演出の八百長も頼まれるが、負けるとは思っていない試合。結果的には思うように試合は運ばず、終わった後に、トレーナーや家族や昔のライバルから「辞めろ」と言われ続ける。そんな中で、表情の中に男の辛い思いをためる森山未来にただただ引き込まれる。前編最後のカットは忘れられないアップだ。

北村以外の出演者は、決して未来に希望を持っていない。その周囲にいる人々も釣られるように世の中のどうでもいいような澱みに溶け込んでいる。北村の家族だけは新しい命も授かっていて未来が見える。(だからこそ危うく見える部分がある)この相反する二人が、後編は対決するのは、前編の最後にエピローグ的に入っている。

このボクシング映画「あしたのジョー」のように「真っ白な灰」になって燃えつきる話ではないようだ。現実の心のありかをボクシングの試合に求めるように、血と汗が飛んでいる形。それは、観客にも真正面から飛んでくる。ハッピーエンドなどないのだろうと思う。

森山未來の鍛えた肉体は、力強くも未来に向けての衰えを怖がっている感じだ。そして、結果が出ないボクシングに彼は何を求めているのか?観た人たちが、それぞれに違う思いの中で映画の中のボクシングを観ている感じが秀逸な映画なのである。飛んでくるパンチの痛みが、後編でどう腫れてくるのか?とても楽しみだ。時間合わせて観に行かないと…。

しかし、この映画、上映館が少ないのはもったいない限りだ。


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