見出し画像

「SABAKAN サバカン」夏休みの映画として、語り継がれるものになった感じですね

鑑賞後の余韻がなかなか心地よい映画だ。一昔前は、こういう映画が毎年のように作られていたような気がする。昨今は、上映時期と描いている季節に乖離があるのは当たり前という時代。この、夏休みの終わりに、子どもたちの夏の記憶の映画が上映されるのは、とても喜ばしいこと。土曜日の映画館は、箱が小さいこともあるが、満員であった。しかし、その中に子どもたちの姿がないのは勿体無い気がした。そう、家族で見て夏休みを友達というものを語れる映画である。

監督は、これが劇場用映画デビューの金沢知樹。舞台、テレビなどの演出をしてきた方らしいが、映画愛を感じる作品に仕上がっていた。映画というものが好きなのがわかる演出だ。長崎の自然の情景。子どもたちの自然の魅力をうまく映像の中に焼き付けている感じ。周囲の大人たちの描き方も、とても有機的で完成度は文句ないだろう。

話は、主演の大人になった風景から始まる。その大人を演じるのが草彅剛。まあ、草彅くんのナレーションもそうだが、彼のリズムが映画の雰囲気にとても似合っている。だから、彼が書く小説として描かれる子ども時代の話にスルリと入っていく感じはなかなかである。しかし、このタイトル「サバカン」が何を表しているのか?出てくるまではとても気になったりする。でも、それがわかるシーンはとても穏やかで心地よく、このタイトルで良いのだろうと観客に思わせる。

書きたいことが色々あるが、この後はネタバレしないと書けない。これから観る予定の方はこれ以降読まないでいてください。

多くの人の感想として描かれているが、鑑賞後「懐かしい」というフラグが脳裏に立ってくる映画だ。決して、子供の主観で紡がれた映画ではないが、何か、自分自身がタイムスリップして、あの日の夏休みに戻ったような雰囲気にさせられる。時は1986年。斉藤由貴を愛する親子。かかっている曲が「白い炎」なのは、彼女が「スケバン刑事」を演じた頃の話ということだろう。(渋い!)舞台の長崎の地では、まだ貧富の差も大きく、友人のボロ屋を訪ねて笑ったりしている。この時に笑わなかったことで、久田(番家一路)と竹本(原田琥之佑)の友情関係が生まれてくる。竹本が久田の家に行って、頼みたいことがあると、連れていく場所にエロ本が落ちていたりする感覚も、世代にはよくわかるところだろう。そんな空気感を明確に作りながら、まずはイルカを見に自転車でブーメラン島にいくという冒険が始まる。そう、これはそんな少年小説の世界だ。浜辺の売店でラムネを飲み、ヤンキーにあう。そして、少し大人ぶる。島に泳いで行って、素敵なお姉さん(茅島みずき)にあう。彼女に「おっぱいばっかり見てる」と言われるのもまた男たちには記憶が蘇ったりする。そう、イルカは見られないから、そんなにドラマが広がるわけではない。アニメとして作品を作ったら、そういう妄想も絵にしてしまうだろうから、かなり違ったものになるはず。そう、ここに示されるのは、あくまでもリアルな少年時代の視点。そこがたまらないところ

そして、家族たちの描き方が秀逸。ポンポン頭を叩いて家族をまとめる久田のお母さん(尾野真千子)。今、こんなお母さんがいたらパワハラだとか言う人もいるかも知らないが、当時、確かにこう言う人はいた。そして、尾野真千子でしかできない味のある母親が造形されていた。その夫のキンタマばかりいじっている父親(竹原ピストル)彼にもたまらない味がある。彼らの子どもたちに対する視線も、今は薄れてしまった愛のある形に見えた。

そして、最後に亡くなってしまう竹本の母親(貫地谷しほり)。貧乏なのに、顔に出さずに笑顔で子供たちに対応する姿がたまらなく愛らしい。長男に友達ができたことを誰よりも喜び、一生懸命な姿を描いた後の悲劇は、「これいるの?」と思わせる。でも、それが友達の確認と別離につながると言うことなのですよね。だから、ラストの一瞬の再会シーンに涙腺崩壊が襲ってくるのだ。ここで竹本の後ろ姿だけというのも良いですね。

そう、出てくる大人たちが、皆素敵な人であることで、二人の夏休みの物語も記憶に残っていたりする。そう、子供の世界って、良い大人がいることで増幅して行ったりしますよね。本当に、なんかね、懐かしいのと、気持ちは素直なここに戻りたい、と思ったりする映画なのですよ。

上映時間93分。余計なものを削ぎ落とし、濃厚にその時間を使った映画になっている。先にイルカが出てこないと言ったが、その姿は、実はラストに出てくるのだ。このショットも素敵だった。

とはいえ、クレジットの後の釣りのシーンはどうだろう。まあ、意見は分かれるところだろうが、私は必要ないと感じましたが…。サバの歌は可愛かったけどね。

とにかくも、こう言う映画は昔から何本も作られてきたが、21世紀の今、作られた映画であることで愛しいし、新鮮だったと言えるだろう。傑作という言い方はしないが、良い映画を見させていただいたという感じだった。夏休みになったら見たくなる映画の一本になったことは確かだ。

そう、夏に、サバ缶を見たり、食べたりすると思い出す一本になったということだ。スタッフ、キャストの皆様に「ありがとう」と言って締めさせていただきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?