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「愛する人に伝える言葉」人の生き死にの心の葛藤を映像に詰め込んで、生きている私たちに訴える優れた作品

中年の男が、膵臓がんで余命1年を宣告され、彼自身、家族、医者、看護師らの心の葛藤を追い、人間が生きる意味合いみたいなものを哲学していく感じの映画だ。映像の表現としては、人のクローズアップが中心で、心根を表情で表現していく感じの演技を積み重ねることによって、なかなか骨太な作品になっている。話、そしてテーマがシンプルな中、俳優たちの演技で飽きることなく、主人公の死を観客も一緒に看取った感じの作品。そう言ってしまえば、辛気臭いと考える方も多いと思うが、ただの御涙頂戴にしていない感じはなかなか素敵な映画だ。

原題は「De son vivant」。翻訳すると「彼の生涯で」という感じである。なかなかタイトルをつけるのは難しい。だから、日本語のタイトルもなんかいまいちな感じ。ある意味、言葉で伝えられない空気感を映画にしたという感じがした。主演のブノワ・マジメルは、この作品でセザール賞の主演男優賞をとっている。そのくらいの名演である。彼には基本的に家族は母親のカトリーヌ・ドヌーヴしかいない。まずは、彼女と主役の息子とが、どうこの病気に向き合うかという夏の話から始まり、約一年の闘病生活を追う。季節ごとに4章に別れていることで、その癌の進行状況、心の進行状況がわかりやすい。

そして、この病院、患者に向き合うという点で常にカンファレンスみたいな会合を開いているようで、それが、章の頭に出てくる。そして、カンファレンスが終わって、彼らはみんなで歌う。そう、ここは歌と音楽がある病院なのだ。それが、先に言った辛気臭さみたいなものを濾過していることは確かだ。

そして、主人公の彼は芝居を若者に教えている。最初に医師に仕事はと聞かれ「教師」だと言う。考えれば、役者としては花が咲かなかった教師なのだろう。そこに、彼のいろんな人生で積み残したものが見えてくる。彼は、もっと生きたいわけだ。だが、余命が半年から一年と言われ、できることは闘病しかない。その先の未来を考える余裕はなくなる。と言うことは、奇跡は起こらないという脚本だと私は思った。そう、奇跡の発動が起こる演出は映画の中でされていない。医師も患者を傷つけないように、静かに天に戻してあげようという感じなのだろう。医師として論理的に物事を進めない感じは好感が持てた。

途中から、彼があったことのない、彼の息子という存在が出てくる。彼が息子を認知すれば遺産は息子にも入るという設定。だが、そんなことよりは、親族としての寄り添い方を息子の方が考えている。そして、病院と同じ土地にいることでそれを考える彼の姿もまた、映画を見た後に語りたくなることは多い。この映画では、息子と医師の間の会話だけで、彼の気持ちの揺らぎが示される。そして、主人公の知らない中で、息子は父の身体に輸血する。遠回しだが、曖昧な心情を伝える、うまいシーンだと思った。

そんな中で、母親のカトリーヌ・ドヌーヴは、ただただ、苦しみを息子と分かち合おうとするだけなのだが、その芝居がなかなか真に迫っている。ドヌーブ、現在78歳。日本の女優さんでいうと、加賀まりこさんと同じ年齢だ。ある意味、美女として名声を浴びた彼女がこんな年齢まで女優をして、こういう役をやるとは、・・・。でも、映画の中で彼女の有機的な演技が光っている。先にも書いたように、この映画クローズアップが多い。つまり、ドヌーヴの老いた姿も隠そうとはしない。監督が女性だから、なおさらそういうリアルを撮りたいと思ったのかもしれない。そう、一年の話の中でも、明らかに疲れた感じがよくできている。

最後に答えがあるわけではない。医師も看護師も、彼を安らかに天に向かわせようとしているのと同時に、どこかで奇跡を望んでいるのだ。看護師が最後に愛人のように彼に寄り添う姿は美しい。もちろん、彼の死と共に、病室を訪れる息子は、そこに運命を感じるだろうし、彼が病室で奏でるギターは最高のレクイエムだ。そう、彼が死んだ時、担当医師は休暇をとっている。これは、医師などのできることは、取るに足らないと言われているようでもあった。こういう演出はフランス的なのだろうか?

こう、色々思い出して書いていくと、なかなか良い映画なのだが、ただ、死に至る映画というのはなかなか他人には勧めにくい気もする。一緒に映画館で映画に向き合っている観客は老人が多かったが、彼らは、この映画に何を感じていたのだろうか・・・。

私も若くして膵臓癌で亡くなった人を二人知っている。どちらも見つかった時にはステージ4だった。見つかりにくい病気であり、治る確率は極めて低い。彼らは半年以内に天に帰っていった。若い人の死は人に生きることの儚さを感じさせる。そう、彼らの死が他人の生きる強さになることで、彼らが生きているという感じもあるのかもしれない。答えが何かあるわけではないのだが、見終わった後に、さまざまな物が脳裏に勝手に湧き出てくるようなような映画であった。


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