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「渇水」もっと現代なりの飢餓感を描かないといけないのと、もっとアナーキーにラストを駆けるべきだと思うのだが・・。

先週から「波紋」「怪物」「渇水」と漢字ふた文字の日本映画を続けてみる形なった。どれも、現代の日本に巣食う問題というか、人が生きるのに、なんでこんな感じになってしまうのか?というような問題が描かれている。どれも、ブラックコメディと考えればそうは見える。そう意味で完成度が一番高いのは「波紋」だろう。「怪物」は昨日書いたが、最後が綺麗すぎる。そして、この「渇水」も行き着く先はあまり意外性がない。結果的には問題定義をしておきながら、答えを観客に放られたという感じ。そういう最後がしっかりしないのは、今の日本映画の力弱さなのかもしれない。

企画プロデュース、白石和彌ということで、もっと骨太のねちっこい映画を期待したが、扱ってる問題に対して、なかなかサラリとした感覚の映画だった。原作は30年以上前の作品である。その話が、今もあまり変わることなく描けるのは、その間、日本という国が何も進化していないということなのだと思う。確かに「太陽」と「空気」と同じように「水」もタダになっているようなら、こんな映画は作ることもないのだ・・。

監督、高橋正弥は1967年生まれ。根岸吉太郎、高橋伴明など、錚々たる監督のもとで助監督として参加してきた人のようだ。そういう意味では演出的にはそれなりにこだわりみたいなものがある作品には仕上がっていると思う。そんな時代から映画に関わっているからか、この映画フィルムで撮られているようだ。最初から、それによる画質の悪さが気になった。雨の降らない暑い感じが、フィルムの粒子の粗さでうまく出ていない感じがするのは何故だ?単に、カメラマンが下手という気もした。そして、フィルムを使う必要性が全く伝わってこなかったのだが、その辺りの目指したところは監督に聞いてみたい気がした。

話は、水道局員が料金の取り立てをして、払わない家の水道を止めて回る話である。光熱インフラの中で、水道は結構滞納しても止められることがない。そういう意味では、これが止められるのはかなりヤバイ家庭であったりはする。ただ、現代は電気がないと何もできないような時代だ。ここにあるように、電気代は払ってるが、水道まで手が回らないみたいな家庭は確かにあるのだろう。その実態はよくわからんが、公共料金の取立てを映画にしたというのは初めてみた。個人的にはNHKの受信料取立ての映画を見てみたい気がするのだが、それは脚本を作ったところでNHKのお許しが出ない気もする。逆に、殺されるかもしれない世界である。

生田斗真にこういう役をやらせるのもなかなか昔のジャニーズではあり得なかったことだろう。そういう意味では新しさを感じた。妻と子供に逃げられたダメ男。そして、自分の仕事に対しても今ひとつ矛盾を感じる優しい男をなかなかうまく演じていたとは思う。相棒役の礒村勇斗との雰囲気も良かった。

とはいえ、観客の印象に残るのは、勝手な母親、門脇麦に捨てられた形になる娘2人。山﨑七海と柚穂であろう。彼女らが親を信じ、健気に生き残ろうとする姿に怒りを覚えるのと同時に、日本の行政は何をやってるのだという感じになる。それは、生田斗真と同じ視線なのだが、生田とて子供2人を一緒に育てるわけにもいかない。というか、この話おかしいのは、彼女たちが学校に通ってるのかどうかわからないが、やはり教師や警官というものが不審がる感じがない。そして、隣に住み柴田理恵が彼女たちの心配をするもののそれ以上のことはしない。彼女たちが無関心の中でなんとか生き続けてしまうところである。多分、30年前には子ども食堂というのもないから、食うには万引きも辞さなくなるわけだ。そう、30年前から子供たちは豊かさを味わえない状況の中にいた。これが問題にされずに今もまだ残ってるのは、国として恥ずかしいし、人として恥ずかしいとしかいえない。

水というものは、生きるために最低限に必要なものだ。だから、売り買いされるというのもわかるが、それが止められる家庭には、それなりのアンバランスな状況があり、水道局はその情報を行政とうまく共有していないのも問題だ。そんなこというと、個人情報なんだかんだいうが、個人情報で人が救われるなら、そういう国になった方が良い。マイナンバーでこういう子供がいなくなるなら、マイナンバー賛成してもいいが、マイナンバーの本質はこういう子供を間引きするようなことしか考えていないだろう。

この映画のクライマックスは、そんな水道局のやり方にささやかな反乱を起こす生田の姿を見せて終わる。結果的には、子供たちは施設に引き取られ、生田は水道局を去ることになる。特に面白くないラストだ。そして、いなくなった子供達の母である門脇麦は二度と映画の中では戻ってこない。つまり、再生不能な世の中の状況をここでは提示している。

そんな映画のラストで、女の子二人はプールサイドでシンクロごっこをしている。そこに平和を感じる?力強さを感じる?そんなものは感じなくていいと思う。こういう子供たちが幸せになれる社会を作ることを考えなくてはいけないのだ。そのためには、戦闘機などを買って軍備増強したり、外国に多額の寄付をしてる場合ではないのが日本国の状況だ。

みなさん、もっと本気で子供たちを守りましょうよ!!!映画としては、もう一つ描き方があったような気がしますが、子供二人の演技に魅了されました。



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