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甲子園は、みんなの夢だ

朝5時にできあがるお弁当は、「甲子園」のためだった。

「甲子園」なんて、
奇跡がまとめてやってこないと行けないいような場所への

という気持ちだけで、
朝5時にお弁当ができあがる、
甲子園はそんな場所だと思っている。





昨年から大会事務局の一員として活動していて
大好きな大会である
「マスターズ甲子園」
が11月19日,20日に開催され、無事に閉幕した。

※この大会が大好きになった昨年の思い出はこちらから。
「今年の甲子園は、12月までしっかり熱かった。」


4年生になった今年は、名ばかりではあるもののリーダーとして責任と思いをもって臨んだ大会になった。


せっかくほぼブラック企業状態で頑張るんだから、
形に残るものに携われたらいいと思った。
ちょうど担当者もいなかったから、ひょいっとガイドブック編集の担当になった。




マスターズ甲子園の大会ガイドブックは、チーム紹介や全国高校野球OBクラブ連合の紹介などがメインページとして掲載され、大会に関わるすべての人に配布されるものである。
なんだかんだで2000冊以上は作られる。



そんなガイドブックの2ページが、掲載の都合で余った。

「とねちゃんが好きに作っていいよ」

と先輩が言った。
続けて、「表紙のボツ案もあるし、それを使ってくれてもいいので!」と。





私は、マスターズ甲子園の歴代の表紙が大好きだ。
すべて暗記して言えるくらいには大好きだ。


2013年大会



2016年大会


こんなに素敵なコピーになるのもそのはずで。
毎年、株式会社電通さんに依頼して作っていただいてるものだ。


先輩に「とねちゃんの好きにしていいよ」と言われたときは、
半分めんどくさくて
「なんか適当に拾ってきますね~」
とか言ったものの、

コアメンバーとして関わる最後の年
マスターズ甲子園2022に、「私」がいた証を残してみたい気持ちがあった。


ちょっと考えてみて、思いつかなかったら電通様のボツ策から拾おう。
案外自信のない自分に保険をかけて、ガイドブック制作に戻った。





大会が始まるおよそ半年前から、各地方大会が始まり事務局コアメンバーとしての活動も忙しくなり始める。

ゼミの活動の一環なので、特別お給料がでたり、成績が良くなったりするわけではない。

あまりの多さに気の遠くなる単純作業。
膨大かつ複雑でミスの許されない資料作成。
次々と至る所から来るメール・電話への対応。

LINEはタスクのことばかりになって
仕事を抱えすぎたり押し付けたり
きつめの言葉も使わないといけなくなった。

タスクに押しつぶされて、
なんでこんなことまでやらないといけないんだろうと、
イライラが募る瞬間が何回もあった。



それでも「自分たちは素晴らしい大会を運営している」
このプライドが、頑張る理由で居続けてくれた。




優しさと強さをもってついてきてくれる後輩たちも、
10回以上大会に関わるレジェンド的な先輩たちも
隣で頑張り続けてくれる同期たちも




「マスターズ甲子園2022」を必ず成功させたい。


そんな1つの「夢」のもとでただ頑張っていた。








ああ。
この大会は、マスターズ甲子園は、
「私たちにとってもだな」




そう思った。


マスターズ甲子園大会事務局
ゼミメンバー





甲子園は、俺たちの夢だ。

マスターズ甲子園2022 
選手紹介冒頭のページ
初めて私が作ったコピー。


マスターズ甲子園の運営に昨年関わって、強く感じた。
選手にとってこの大会は「夢」であると。


普段はスーツを来て汗かいて電車に揺られるおじさんたちが
坊主頭の夢見る少年に戻り、聖地・甲子園で野球をする。
そんな夢の舞台である。


誰もが甲子園でヒーローになりたいと願う。
全然球が飛んでこない外野でも、低姿勢で待つ守備。

狙った初級外角ストレートをフライ。
それでも笑顔で戻り、「一生の思い出」と。

サヨナラ負けは、まだ野球がやめられない理由になり、
まだ夢を持ち続ける原動力となる。


そんなおじさん選手たちの様子を、思い出すと胸が熱くなった。
良いコピーがかけた。



甲子園は、みんなの夢だ。


ボランティア紹介ページ冒頭
私が初めてつくったコピー


この大会の創始者である私のゼミの先生は、
この大会に関わるスタッフ、関係者全員のことを
「ゲームメーカー」と呼ぶ。
文字通り、マスターズ甲子園を創るのは
「甲子園」という場所に関わってきたすべての人であるという意味が込められているんだと思う。



「甲子園」という言葉を頭に思い浮かべると、たくさんの人の顔が出てきた。



プラカードを持つ市立西宮の生徒。
甲子園のファンであるおじさん。
かっこいい姿を残してくれるメディア。
毎朝子どもを朝練に送り出す親。
そして、マスターズ甲子園をともにつくるゼミ生、ボランティアのみんな。


誰一人かけても「甲子園」ではない。
「甲子園」は何百何千の思いがこもる場所だ。



そんな思いを込めて、選手紹介ページの最後のページ
ボランティア紹介の前頁にこのコピーを忍ばせた。










大会前日から、このコピーが載ったガイドブックが各所に配られた。

でも、自分の担当だったところで大トラブルが起き、
自分のつくったコピーがいろんな人の目に入ってるかもなんて、
ワクワクする余裕もなかった。
迷惑をかけていても自分じゃどうしようもなくて申し訳なさに、
今まで友人に見せたことにないようなテンションだった。



そんな中、一足先に大会の前夜祭を運営中の先輩から電話かかってきた。
「あ、また何かやらかしたかもしれない」
怖かった。








トネが書いたあのコピー、とてもほめられたよ。
これを見て救われる人が必ずいると思う。
これを書いた子に最大の賞賛をあげて。
そういわれたよ。

私は感情がジェットコースターみたいになって、号泣していた。
頑張って切り替えて明日のことを考えないとと思っても、涙があふれた。










マスターズ甲子園が終わって久しぶりに母と話す時間が作れた。

大会のプログラムの一つである「甲子園キャッチボール」に元高校球児枠で家族で参加してくれていたのでその感謝を伝えた。

そして、ガイドブックのあの2ページを私が作成したことと、
素敵な言葉を頂いたことを伝えた。




母も泣いた。

ママも、この言葉とこの大会の存在で救われてる

弟は硬式野球部だった。
甲子園には遠くても「目指せ甲子園!」と、
毎朝早朝に家を出て、帰ってくると夜遅くまで素振りをしていた。

そんな弟が甲子園で父とキャッチボールをする姿は、
母にとって、が現実になった瞬間だったのかもしれない。







他にも、このコピーが私が書いたものだと知って声をかけてくれた人がたくさんいた。
昨年卒業した大好きな先輩も、OBOGさんも。

私一人が考えたコピーに
「みんな」という言葉を使うことに不安があった。

声をかけてくれた一人一人からの言葉を聞くたびに、私の言葉は間違っていなかったと思うことができた。

マスターズ甲子園は、間違いなく
みんなの夢だった。







がんばったことは、きっと、つながる

マスターズ甲子園から、現役の高校球児たちへ送るメッセージ。

本当にその通りだよ。


夢が叶うのにかかる時間は、
きっと、長ければ長いほど
その夢はたくさんの人の夢になる。










マスターズ甲子園大会に関わることができて心の底からよかった。

来年も、たぶん続投してしまうかもしれない。
でも来年東京だしな。

そんな保険をかけて、私のマスターズ甲子園2022をここで完結させておこうと思う。

んんー、また来年!






Twitter:at_hopeinvites

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