走ることは気持ち良くない
週に1、2回走ることを習慣にしている。
しかし大会に頻繁に出場し、目標のタイムを設定し日々練習しているような勤勉なランナーというわけではない。
走る距離は最近だと6キロ程度が多いが、走るペースはその日の体調によってまちまちだ。
長距離は昔から比較的得意だった。
練習すればするほど速くなっていくのが面白く、小学校のマラソン大会前には母に自転車で後ろからついてきてもらいながら田舎道を毎日走った。
走るのが習慣化したのは高校3年の部活を引退してからであり、体が鈍るのが嫌だったことと、受験勉強の気分転換に走り始めた。
また大学時代の部活のオフシーズンが長かったことも、1人で走ることが習慣化された大きな要因の一つだと思う。
それ以降今に至るまで定期的に走ることが日課となっている。
日常的に走っていることを人に話すと、
「走るなんて偉いね」
「ストイック」
などと言われることがあるが、あまりピンとこない。
毎日シャワーを浴びることを賞賛されているような気分になる。
「走る」ことを良いことと思ってやっているというよりかは、「走らない」ことが気持ち悪いのだ。
走っている間もものすごく楽しいわけではなく、どちらかというと辛い時の方が多い。
どうしてこんな苦しいことをわざわざ時間を見つけてやっているのかと考えながら走ることもある。
ただ、走り終わった後に「走らなければ良かった」と感じたことはない。
走り終わった先にはささやかな達成感がいつもある。
これは多少クセになる。
また、肉体的な苦しみが、日常の悩みや煩わしさを一時的に誤魔化してくれることもある。
ただの誤魔化しではあるが、それが僕にとっては大切なことであったりする。
今後も体が耐えられる間は走り続けたい。
何か大きな目標や目的があるわけではないが、たまにはそんなものと無関係に続けることがあったっていいだろう。
今はトレイルランに密かに興味がある。
息子がもう少し大きくなったら誘って一緒に走ってみたい、そんな小さな夢もある。