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「貴方に出会えて本当によかった」初めて仕事で泣いた話

先日、受け持ちの患者さんが亡くなった。
最後のご挨拶に伺った際に奥さんから言われた。

「夫は貴方に出会えて本当によかった。とても感謝しています」


終末期在宅医療の現場では死は必然的にやってくる。そのスピードも非常に速い。
最後の時を、安心して過ごせる自宅で家族と共に迎えたいと思うことは自然な事である。
特に癌末期の場合、体のだるさや気持ち悪さ痛み等に悩まされる事も多く、薬剤の適性な使用は、在宅医療を続ける中で重要な要素である。
そんな薬剤の使用についてフォローしていくのが薬剤師としての私の仕事だ。

年間に訪れる世帯は100世帯以上、1日10〜20件のお宅に訪問している。
上記の患者さん(仮名として佐藤さんと呼ぶ)もその1人だ。

佐藤さんとのお付き合いは4、5ヶ月前から始まった。
癌末期と診断され、自宅で最期を迎える事を希望し病院から退院してきた。
初回の訪問は私が行った。
ご本人はまだまだ元気な様子、食欲もあり顔色も良かった。
これまでの仕事の話をしてくれて、ジョークも飛ばす愉快な人だ。

薬剤師というのは、医師の様に診断も処方の決定も行なえない。看護師の様に医療的な処置も行えない。介護士の様に身の回りの世話もできない。それでいて訪問するのは基本的に月2回である。
他の業種に比べ圧倒的に信頼を得るチャンスが少ない職種と言える。

ただ薬を通して得ることの出来る信頼もある。
佐藤さんは退院してきてから、癌性の痛みに悩まされる様になっていた。
鎮痛効果の高い、医療用の麻薬を開始したが吐き気が酷く、量の多い薬剤の使用は難しいかかった。
本人や医師に相談し、吐き気が軽く、それでいて痛みを取れるちょうど良い薬の量を決めて行った。
何とか容態も落ち着いた頃に、私は2ヶ月程育休に入った。
事前に佐藤さんにもその事はお伝えしていた。


2ヶ月後、育休が明けて佐藤さんの処方箋を目にした時、私は安堵した。
まだ、元気に頑張っているのかと。

久しぶりぶりに佐藤さんのご自宅に訪問した。
奥さんが本人に声をかける
奥さん「貴方の好きな薬剤師さんが来たよ、よかったね」

佐藤さん腹部は大きく膨らんでおり、見るからに苦しそうだ。ベッドから動けない状態だ。

私「お父さん、お久しぶりです。元気でしたか?」
声をかけると、にっこり微笑んでくれた。
佐藤さん「お腹がパンパン何だよ。食事もあまり取れなくて」
私「あれー、大好物の鰻はどうなの?あれなら食べれるんじゃない?」
佐藤さん「そうだね、少し食べてみようかな」
私「僕は最近、よくひじきの煮物を作ってるんでるけど、なかなか上手くいかなくて、お父さんはひじき好きですか?」
佐藤さん「ひじきか。暫く食べてないな。久しぶりに食べたいな」
私「お母さんのひじきがいいですよね。長年食べてきた味が1番ですよね」
奥さん「今はあまり料理しないから、今度買ってきます」
私「お惣菜のひじきおいしいですよね。僕が作るものより美味しいです」
佐藤さん「貴方は人を幸せにするよ」
私「そうですか?」

そんなたわいも無い話をしてから帰宅する際に、玄関で奥さんに言われた。
「今日はありがとうございます。家族には絶対見せない笑顔が見れてよかったです」
どうやら佐藤さんは昭和男児らしく家族にあまり笑顔を見せない方らしい。
私と話している最中は冗談を言ったり、楽しそうに話していたので、そうとは知らなかった。

それから数日度、臨時の処方がでた。
胃腸関係の薬と、睡眠の薬だった。
腹部の張りに影響し、排便が難しい状態にありそうだと想像した。
私が訪問した時には意識は朦朧としており、お腹が苦しいのか横を向いて手はベッドの柵から力無く垂れていた。
私はその手を握り声をかける。
「お父さん鰻は食べたのかい?」
閉じられていた目があき、にっこり最高の笑顔を見せてくれた。
後ろから奥さんの声が聞こえる
「うわぁ、あんな笑顔を・・・家族に見せないのに」
「子供の年齢は幾つになるんだ?」
「15、11、5、3、0ですよ」
「随分賑やかだろうな」
「そうですね、とてもうるさいですよ」
その質問は恐らくは前々から用意していたのだろう。そんな印象を受ける唐突な質問だった。
その答えを聞いて、小さく頷きまた目を閉じた。
帰り際奥さんが言った
「あんな笑顔今まで一度も見たこと無いです。本当によかったです」

それから翌週、定期薬の処方が来たので電話して見た。
奥さんから容態が悪化している事を聞く。
翌日、薬の配達の為また奥さんに電話したが、どうも様子がおかしい。
妙に焦っている。
奥さん「今、ちょっと、、、手が離せなくて」
私「そうですか、急ぐ薬が無いのであればまた後日にしましょう」
奥さん「はい」
電話を切ったが、嫌な予感がする。
この感覚は何度も味わっている。家族が危ない時の反応だ。

翌日クリニックからメールが届く。
「今朝6時にお亡くなりになりました」
朝方の死亡確認だったが、やはり前夜から容態は急変していたのだろう。

お亡くなりの連絡があった翌日、奥さんに電話をした。
ご本人に最後の挨拶をしたいので、訪問の許可を得る為だ。
快く受け入れてくれたので、すぐにご自宅に向かった。
近くの駐車場に車を停め、家までの5分程の道を歩く間に心の整える。
どうしてだろう、なぜが落ち着かない。
これまで何度も同じように最後のご挨拶には伺っている。
生来、私は感情を表に出すタイプでは無い。また、仕事上自身の精神状態に左右されサービスの質が落ちる事はプロ失格だと思っている。
訪問が終わり、5分後には他の患者さんに笑顔で接する必要がある。
メンタルは割と強い方だ、クレームをつけられても特に気にしないメンタルコントロール機能を備えている。
そんな私だが、今回は何かが違う。落ち着く為に深呼吸を何回も行った。
そんな事をしてたら、目の前にチャイムがある。
意を決してチャイムを鳴らす。
「はい」
奥さんがでた。
「薬局です。お伺致しました」
扉が開く
「どうぞ中に入ってください」
家の中に入り、座ってご挨拶をする。
「この度は、お悔やみ申し上げます」
「どうか、顔を見てやって下さい」
顔かけをとり、お顔を拝見する。とても良い顔だ。
しっかりエンベゼルケアをして貰った様子だ。
「腹水も抜いて貰ったんですよ、10L以上も出ました。それでスーツを着る事ができたんです」
「とても良いお顔ですね、こんな感じでバリバリ仕事してたんですね。かっこいいです」
「あれから貴方のことばっかり話すんです。今頃ひじき作ってるのかな?なんて。ひじきも2.3口食べられたんですよ」
涙が出た。
悲しみではない。もちろん悲しい事ではあるが、それだけでは無い感情が涙として出てくる。
しかし、涙は拭わない。上を向いて耐える。
最後に正座し、ご挨拶をする。
「夫は、貴方に出会えて本当によかった。とても感謝しています。これからもこのお仕事を続けて下さい。きっと多くの人が救われると思います」
帰り際お父さんに声をかけた
「お父さんまたね、ばいばい」


これまで長い事在宅医療に携わり多くの死に立ち会ってきた。
その中で感謝されることは多くあったが、これ程までに感謝される事はなかった。
何がこれまでと違ったのか自分でも分からない。
人との縁としか言いようが無い。
とても嬉しいご縁だった。

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