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恩師 とはなにか。①

こんばんは、nageです。
キッチンに立つ奥様が、今からお菓子を作ると意気込んでおります。そんな彼女はさておき、今日もnote始めます。

以前の投稿で、中学3年に顧問が変わり、1つの分岐点だと話しました。
影響を与えてくれた先生、道を示してくれた先生。恩師と呼べる先生が私には3人います。そんな先生達との経験を話してみたいと思います。

新しい風

まずは中学3年からの顧問の先生。前任は隣の市で、陸上部を指導されており、10年近く県上位の大会へ選手を輩出している先生でした。そんな学校から、弱小校への異動。先生の当時の心境を察すると…目を覆いたくなります(笑)
先生の改革は小さなことから、でも効果的なものでした。まずは普段のメニューを観察し、何が足りなくてどういう意識が必要なのか。現状を把握し、生徒を納得させた上で改革を進めてくれました。また、前年まであまり参加していなかった記録会へ積極的に参加したり、前任校との合同練習を計画したり。いわゆる「外部」の風を感じさせ、やる気を出そうとしてくれたのではないかと。色んなことが新鮮で、楽しませながら競技意識を高めてくれました。また、部長である私には、積極的に他校の部長と交流する機会を設けてくれました。この時に出会ったある学校の部長とは、今でも連絡を取り合っています。

自分が本気で

口だけではなく、行動で示してくれるのも先生の特徴でした。長距離の練習では芝生を横切って200m毎のラップを読み上げたり、大会で使用する荷物を積極的に運んでくれたり。卒業して社会人になってからお会いしたときに、なぜそこまでやるのか聞いたことがあります。ズバッと一言。「生徒が本気で打ち込むには、顧問が本気じゃなきゃダメやろ」なるほど。だから自分達も引っ張られていったのだ、と。先生自身は陸上経験者ではないらしいので、熱心に勉強され、本気で打ち込んでいかれたのだと思います。

輝かしい経歴に…

先生に指導いただいたのは、3ヶ月程度。
延び盛りの中学生とはいえ、一朝一夕で勝てるほど陸上は甘くありません。県大会に進んだのが5人。決勝に2人残り、県3位になったのが最高で、上位大会には進めることができなかったのです。自分達の代で、10年近く続いた先生の経歴に泥を塗ってしまった。女子部のキャプテンと落ち込んだことを昨日のように思い出します。
このことをやはり社会人になってから聞いたことがあります。すると「長く顧問をやっていて、数少ない後悔をあげるとすると、お前達を上位大会に連れていってやれなかったことだ。充実した戦力を預かりながら、勝たせてやれなかったんだから。お前達も悔しかっただろうけどな。いらんプレッシャーも感じただろうしな。」と。あぁ、この先生に指導してもらえてよかった、と感じた瞬間でした。もっと早く出会いたかった!と今でも思います。先生がいたから高専でも陸上を続けることができ、今でもどっぷり浸かっています。

理想の指導者

先生も別の中学で現役の顧問。競技場で先生の声を聞くたびに、今でも背筋がスッと伸び、中学3年に戻ってしまいます。流石に芝生を横切って走るシーンは見なくなりましたけどね(笑)
思い返すと理想の指導者としての形、そして私の陸上競技へのルーツはここにあったのだ、と。そんなことを書き起こして感じます。

今日はスピードをあげての7キロ走。
途中で息切れしたのが反省点です。

それでは、また次の更新で。

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