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倍速見の時代の中で、何度も読み返して、ずっと手元に置いておきたくなる本〜「旅をする木」

動物好きですか?

私は動物好き、で、写真好き。
そんな私からすると、星野道夫さんはもはや伝説の人です。
亡くなって久しいので、もしかしてご存じない方もいるかと思うのでざっと略歴をご紹介すると、20代でアラスカに魅了されて生活の基盤を移し大自然や動物、人々の暮らしを撮影、執筆活動を続けた方です。そして40代のときにシベリアで取材中にクマに襲われて急逝しました。あの報を聞いた時の衝撃を今でも覚えています。
 
星野道夫さんの自然と動物たちを撮った写真は、美しさ、厳しさ、そしてそこに流れる空気感までもが伝わってくるようです。

その星野道夫氏が1978年に初めて降り立ったアラスカの大地、海、動物たち、人々との生活などを綴ったエッセイ集が「旅をする木」です。
写真家ならではの視点で綴られた繊細で美しい文章で、アラスカに旅したような気持ちになります。そして出会う人たちの生と死。

ところがこの本には写真が一枚も使われていません。
そこでタイトル写真に、お気に入りのポストカードを合わせました。


タイトルの「旅をする木」はアラスカの動物学の古典「Animals of the North」(北国の動物たち)の第一章からとられた一編です。
それは鳥に食べられて運ばれたトウヒの種子が川沿いの森に根付き、いつしか一本の大木となる。長い年月を経て川の浸食で川沿いに立つようになったトウヒの大木はあるとき雪解けの洪水で流されユーコン川を旅し、ついにはベーリング海へと運ばれる。アラスカの内陸部の森で生まれたトウヒの木は北極海流に運ばれてツンドラ地帯の海岸へと運ばれる。打ち上げられた流木は木のないツンドラの世界で一つのランドマークになって1匹の狐がテリトリーの匂いをつける場所となった。この木の旅の最後はエスキモーの原野の家の薪ストーブの中で燃え尽き、そうしてまた大気の中へ…
このトウヒの木の物語とアメリカの原子力委員会が進めていた計画に反対した生物学者の物語が合わせて語られているのがこの本の一編「旅をする木」です。
あとがきの中で筆者はこのように書いています。

きっとあの一本のトウヒの木のように、誰もがそれぞれの一生の中で旅をしているのでしょう。そしてもっと大きな時の流れの中で人間もまた旅をしているのだと思います。

旅をする木 星野道夫著

この本の中で、私はセスナで星々の夜を飛ぶ「夜間飛行」と、水道も電気も、もちろん電話やSNSもない暮らし、厳しい自然の中で感じる孤独について書かれた「シトカ」が気に入っています。

自然が厳しいからこそ、そこで暮らすと見えてくるココロ。

生きていると、不安になったり気力が萎えたりすることもあります。そんなときに、この本に語られている言葉たちがふとした拍子に蘇って背中を押してくれるのではないか、そんな気持ちになります。この本はドラマを倍速で見てストーリーのツボを抑える鑑賞法をとるような時代の中で、いつも手元に置いて折に触れて読み返したくなる本です。


今年は星野道夫生誕70年記念として、出身地の千葉県市川市で写真展が開催されていました。
そしてこの後、11月19日より東京都写真美術館で展示会が行われます。
(2023年1月22日まで)

今一度、彼の美しい写真の数々を生で見るチャンスです。

亡くなって今なお多くの人に愛されている写真と文章たちは時間を超えて「生きる」ことを問いかけているようです。



#読書の秋2022   #旅をする木


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