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君が教えてくれた事

16年前の春、

両手首が包帯ぐるぐる巻きの私は、君と暮らす決心をした。
精神科から退院した後、子供の頃からずっとしたかった事を母に言ってみた。

「犬を飼いたい。」

退院してから、しばらく働く事も出来なかった私は、家でリハビリをするのに相手が欲しかった。

しかし、犬を飼うという事は、想像以上に大変で、退院したばかりの私1人では、とうてい無理だった。
散歩は、ほぼ父に任せてしまっていた。

私は家にいても、苦しみの中で生きてる事が多かった。

そんな私を、
外に連れ出して、自然の素晴らしさを教えてくれたのが君だった。

悲しい時は、ヒーヒーと切ない声で泣き、
怯えてる時は、勇ましく吠えていたね。
嬉しい時は、元気いっぱいに飛び跳ねて走り回り、私達を笑わせてくれた。


突然雨が降ってきた日の夕方、
母が家に帰ってきて、
慌てて洗濯物を取り込んでいた。

君は一目散に母に向かって甘えに行った。

「雨で濡れてる洗濯物なんかより、ボクを抱きしめて!」

とせがんだ君は、母に愛を教えてくれた。

母は、君が甘えてきた事で、子供の頃の私を感じたんだ。

あの時母は、私にこう言ってくれたんだよ。

「小さい頃のあなたにも、帰ってきたら一目散に抱きしめてあげれば良かったね。」

「お母さん、洗濯物が濡れちゃう事ばかり心配して、あなたの気持ちを考えてなかった。」

「洗濯物なんか、またすぐに乾くのにね。」

「ごめんね。」

そう言ってくれた。

私がまた鬱状態になって、夜中キッチンで死のうしたら、君がリビングで寝ていた。

一酸化中毒なら楽に死ねるかと思ったけど、
君だけは道連れに出来ないと思って、
死ぬのを諦めたっけ。

あの時は、思い止まらせてくれてありがとう。

君に出逢ってから、一緒に遠くまで行きたくて、
中ぶらりんだった運転免許証も最後まで取り直した。

大きな公園まで車を走らせて、君と一緒によく散歩したよね。

ドッグランで走る君は、まるで無邪気に遊ぶ子供のようだった。

どん底にいた私が、
畳の針の目のようにゆっくり元気を取り戻し、

社会復帰をして、結婚をし、

家を出るとき、

1人暮らしなどした事がなかったから、
歩いて10分位の近所なのに、
寂しさと不安に押し潰されそうで、
目に涙を溜めた事もあった。

君も心配してくれたけど、優しく見送ってくれたね。
そして私の結婚も、夫の事も、受け入れてくれた。

結婚してくれた夫が笑いながら
「こんなに近いんだから大丈夫だよ。いつでも会いに行けるだろ?」と言ってくれた。

そう、君は私の転機には、必ず側にいてくれた。

君は、私達家族のいろんな表情をみてきたね。
怒った顔、泣いた顔、笑った顔、嬉しい顔。


どんな時もただ黙って見ててくれたね。
そして、常に寄り添ってくれた。


悲しい時は、泣いていい。
腹が立ったら、怒っていい。
嬉しい時は、喜んでいい。
楽しい時は、笑っていい。

それを教えてくれたのは、君だった。

周りにどう思われようと、
目の前の私達に、愛情をいっぱい見せてくれた。

君が私達家族にくれたのは、まぎれもない『愛』だった。

君の、そのゆたかさが、

私達家族に愛を教えてくれた。

私が出産を経験し、
赤ちゃんという人間を見せる事が出来た時、
君は優しく迎え入れてくれた。

本当にありがとう。

親としてはまだまだ未熟だが、
母になっていく私を、


白髪が増えた君は、

「もう、俺の役目は終わり!」

と言わんばかりに、


あっという間に虹の橋を渡って行った。



君の人生は、どうだったかい?

私達家族の元で幸せだったかな?

これからも

この空をおもいっきり走り回って




たまには風になって

一緒に遊んでね。

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